その8

「応答せよマリエル、応答せよ!! 何がどうなった!?」
 屋敷の反対にスタンバイしていた匠は、マリエルの悲鳴に必死に呼びかけました。しかし何の応答もありません。聞こえてくるのは「ふんはっ!」という気味の悪い声だけでした。
「マリエル……」
 戦友の死が匠の顔に翳りを落としました。
「ちっ、使えねえ」
 そんな事はないようですね。悲しんでもいませんでした。
「しょーがねえ、やっぱ俺がやるしかないのか……」
 かっこつけて言っていますが、やろうとしている事は空き巣みたいなもんです。
 ともあれ、マリエルはおとりくらいにはなったな、などと匠は思いながら屋敷の裏手の壁を飛び越えました。目指す権利書は屋敷の中です。
「どなたさまですか?」
 と、いきなり声を掛けられて、匠は反射的に振り向きざまに相手の目を潰すという、漫画で読んだ暗殺技を繰り出しました。
 しかし、相手の反応速度はかなりのもので、持っていたお盆を顔の前に素早く持ってきていとも簡単にその暗殺技をガードしました。ついでに言うと相手の拳も潰せる防御技ですね。
「うおおおおっ!?」
 繰り出したじゃん拳・チョキの指を二つとも突き指にさせられて、匠は地面を転げまわりました。ぶっちゃけた話が自爆です。
「大丈夫ですか?」
 ガードした本人が心配そうに声を掛けてきました。匠は指を押さえながらもきっ、とその敵を睨みつけました。
 なんと敵は可愛らしい女の子でした。申し訳なさそうにお盆で口を隠しながら、すいません、とか言っています。
「つ、強えじゃねえか……」
「はい……私なんだか」
 そこで女の子は言葉を切りました。そして深呼吸をして、もう一度口を開きます。
「用心棒の役みたいです──ってあれ?」
 女の子は自分が何を言っているのか分からなくなったようで、改めて自己紹介をしだしました。
「ユリエです」
 優しい笑顔を浮かべながら女の子はそう名乗りました。名乗っている間も、用心棒らしく隙を見せません。
 よく見ると、ユリエは何か本を小脇に抱えていました。<お盆を使って人を殺す百の方法>と書いてあります。何度も読んだのでしょう、豪華な装丁なのにボロボロです。
「そ、そうか──ユリエちゃん、俺は匠。若とは戦友だ。だから通るねー」
 何気なく信用をアピールして匠は通ろうとしましたが、その行く先をお盆が塞ぎました。
「だめです」
「いや、そこをなんとか」
「だめです」
 ユリエは笑顔で同じ台詞を繰り返します。その度に本のタイトルをあからさまに見せ付けてもきました。ここを通るならあと九十九通りのお盆技が匠に襲い掛かるようです。
 女の子に、しかもお盆で殺されたら──ふと匠の脳裏にそんな思いがよぎりました。
「俺の負けでいい……」
 匠は何故だか追い剥ぎに遭ったような気持ちで、とぼとぼと帰っていきました。
 やはりしっかり者の弟が一番いい家を持てるように話は進むようです。

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