その5

 さてさてマリエルは兄に一泡吹かせてやったおかげで鼻歌交じりでした。しかも途中出くわした若者から彼女好みの真っ赤なスクーターをお互い血を流す事無く借りる事が出来たので、ご機嫌もご機嫌でした。無血革命とはなんて素晴らしい言葉でしょう。
 住宅街を爆音轟かせて走ると、やがて若の家の前に辿り着きました。木造平屋建て、2DKの簡素な住宅の予定らしいです。一人暮らしには少し広い気もしますが、いったい誰と住むつもりなのでしょう。
 しかしまだ骨組みが終わったばかりの状態です。こんな無防備な状態をマリエルの前にさらけ出すなんて、ライオンの前にトムソンガゼルの赤ん坊を放り出すようなものです。
 不幸にも施工主の若も、作業員の姿も一人も見当たりません。
「ふっ。――貰ったわ」
 マリエルは両手を空高く掲げると、振り下ろすと同時に叫びました。
「生誕を待つ聖母の棺っ(マリーズ・コフィン)!!」
 言葉と共に手のひらから青白い光が放たれました。光は丁度家の中心、居間に当たる部分の地面に吸い込まれるように消えていきました。そして次の瞬間、家の骨組み全てを覆わんばかりの絶対零度な冷気が勢いよく噴出しました。分かりやすく言うと液体窒素のボンベに穴を開けたようなものです。
「はははははっ! ざまあみなさいっ!!」
 それはマリエルなりの美学でした。兄に使った爆発の力と同じでは捻りも芸術性もない、と氷の力にしたのです。本人が美学と言うのですから間違ってても間違いではないのです。
「さあ腐ってシロアリの住みかになるがいいわ!」
 マリエルはそう言うと、スクーターにまたがって自分の寝床探しへと再びその目を向けることにしました。人の邪魔をすることだけは努力を惜しまないマリエルが、その労力を自分の為に向けたらどんなにいい家が出来るか、マリエル自身は知る由もありません。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送