その3

 一方マリエルは広大な紬神社の敷地内の、一番高い木の上にいました。座るのに手頃な枝を選んで幹に背中を預けていると、何となくかっこよく見えてしまいますが、ただ路銀が尽きたというだけの事です。
 マリエルは視力が望遠鏡並みという、ある意味破滅的な数値を持っていたので兄が狼に襲われてる瞬間を見る事が出来ました。
「ふん、憐れなものね」
 木の上にいれば雨風は避けられるし、狼に見つかる可能性も低いというのに、マリエルは心の中でほくそえんでいました。
 やがて兄の無様な姿を嘲笑うのにも飽きた彼女は、視線を百八十度回転させました。その先には弟・若の姿がありました。もう夜だというのに更地の上でせわしなく動いています。周りには何人かの作業服を着た者達が見えます。どうやら家の基礎工事を夜通しやるつもりらしいです。
「あいっつ……小遣い溜め込んでやがったわね……」
 ちっ、と舌打ちを響かせるマリエルの顔はなんだか遺産相続争いに負けそうな親戚のようにも見えます。
 しばらく恨めしげに見つめたマリエルでしたが、ふとある考えがよぎって段々といやらしい笑みが浮かんできました。
 あんな目立つ事をしていたら狼にきっと見つかるだろう。
 なんて後ろめたい事を考えるのでしょう。自分が一番野ざらしだというのに、完全に棚に上げて物を言っています。
 しかしマリエルは弟の破滅を願う事に全力を注いだまま、気持ちよく寝入っていったのでした。
 朝になりました。ここ紬神社は紬町で一番自然に恵まれている場所なので、小鳥達のさえずりがとても澄んで聞こえます。風が木々の合間を縫っていく音もそれはそれはステキな音です。現代人にはこの場所はさぞかし癒し系な事でしょう。
 マリエルはまだ夢うつつ、木の上で寝入っていました。昨日までは御嬢様だったのが一転してジプシー生活という、まるでバブル崩壊、ウォール街のようなスランプグラフを辿った一日だったので、無理はないかもしれません。
 しかし没落貴族が返り咲くなど中々有り得ない御時世、運の悪い時には悪い事が重なるものです。
 突然耳を抜けるような小気味いい音と共に激しい振動がマリエルを襲いました。
「な、何なの、何なのよおっ!?」
 慌てふためいて目を覚ましたマリエルは、訳も分からずに辺りを見回しました。規則的に繰り返される音と振動はどうやら下から聞こえてきているようです。
 下を見たマリエルは唖然としました。木の根元には刃の欠けた斧を持った匠が、「そ〜らよ〜」などと声を上げながら切り込みを入れていたからです。
「ちょ、兄さん何てことするのよっ!!」
「おーマリエル、そんなとこにいたのか。今からここは俺が搾取するから。これは決定事項だ」
 言うなり匠は再び切り込みを入れてきました。マリエルは反論しようと口を開きますが、振動で舌を噛んでしまい何も言えませんでした。
 そうこうしているうちに、木は振動をやめました。匠が木を切る事を諦めたのではありません。もう切る必要がなくなったのです。
「わ、わ、わぁぁぁっ!」
 ゆっくりと傾き始めた木は次第に勢いを増していき、ついには倒れてしまいました。直前で香港のアクション映画並みの飛び込みを見せなかったら、今頃マリエルは死んでいた事でしょう。
「なんって事してくれんのよ、馬鹿ッ!!」
「お前がさっさと降りないからだろ。ほら散った散ったぁ! ここは俺が木の家を建てると決めたんだ。今日からここは俺の土地だ!」
 今の日本に誰の物でもない土地はビタ一平方メートルとして在りもしないのですが、匠は既に自分の土地だと完全に決め込んだようでした。
 マリエルはサスペンス劇場のような突発的な殺意を抱きましたが、なんとか思い留まりました。兄に勝った事がない事を思い出したからです。
 目に涙をいっぱいに溜め込み、マリエルは兄に向かって力の限り「ばかぁーーーー!」と叫ぶと、その場からダッシュで消え去りました。

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