19〜父の虚像

土を口の中に無理矢理押し込まれながら、桐崎は両手を動かした。相手が一思いにトドメを刺さないのなら、それを利用してやればいいのだ。
肥後守を六本全て上空へと発射し、次いで繰っている指を全て握りこむ。速度を増して上から翁を狙ったのだ。地面に顔を押し付けられている為まったく見えなかったが、経験で大体どの位置に落ちるかは予測がつく。もしも外れて自分の身に刺さる事になろうとも、後悔はなかった。
しかし、なんの感触も指の先に伝わってこなかった。翁に刺さるにせよ、自分に刺さるにせよ、糸を伝って何がしかの衝撃は伝わって来る筈なのだ。
絡め取られたのか。そう思った瞬間、押さえつけられていた左手の重みが消えた。そして耳に聞こえてくる声。
「桐崎宗治は──」
顔を上げる。マリエルの横顔が目に飛び込んできた。
「私の存在を許した、唯一の人間よ」
その言葉は、どこか遠い異国の言葉でも聞いているかのような感覚で桐崎の中に入り込んだ。
マリエルが目の前を横切っていくのを、一瞬空虚に目で追う。翁は遠くに吹き飛ばされていた。相手を吹き飛ばす力を使ったらしかった。
「間に合ってよかったわ、礼を言うわ」
少し前に立ち止まって、マリエルがいつものように高圧的な口調で言い放った。
「父が貴様の存在を許した……?」
桐崎は立ち上がることもせずにその言葉を頭の中で反芻した。
「来るわよ、支配者!」
翁の髯と髪の毛が、同時にマリエルへと襲い掛かる。
「惹かれあう恋人達(マグネット・ラヴァーズ)!」
しかしマリエルは冷静に、翁の身体ごと引き寄せ横に飛んだ。
闘牛士のような捌き方だった。翁の巨体が勢い余って木へと突撃し、二、三本薙ぎ倒した。
「なるほどなるほど、これは使えるわ」
新しい力の使い方に満足しながら歯を見せるマリエル。
その肩を、桐崎が掴んだ。
「何よ──」
「どうしてだ? 父はどうして貴様の存在を許したんだ?」
「ちょっと、今それどころじゃあないでしょ!?」
マリエルは桐崎に取り合おうとはせず、手を払った。
「答えろ魔女! 父は奇跡を誰よりも危険視していたんだぞ!? その父が奇跡を願う貴様をどうして──」
「知らないわよっ!!」
力の限り桐崎を突き飛ばして、マリエルは翁へと身体を向けた。
そこに翁の姿はなかった。
戦慄がマリエルの背筋を走る。慌てて背後へと振り返ったその顔に、びちゃびちゃ、とおびただしい量の液体と、何か柔らかな物がかかった。
マリエルは瞬きもせずに、そこにいた桐崎を見つめた。
「はぅ……ぁが……」
桐崎の胴体から、特大の拳が生えていた。

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