18〜不意の微笑み

何故──
疑問を口にする間もなく、翁が迫り来る。片手でマリエルを抱え、残る片手で四本の肥後守を繰る。
二本を翁へと伸ばし、もう二本を垂直に地面へと突き立てる。
「小賢しい!」
軽々と切っ先を掴み、あっけなく粉砕される二本の刃を捨て、地面に突き刺したもう二本の糸を張って跳躍する。棒高跳びの要領で翁の頭上を飛び越え、更に走って見もせずに後ろに向かって二本同時に放つ。
「尖の鷹」
弾丸以上のスピードで二つの刃が翁へと向かう。翁は瞬時に立ち止まって左腕で顔を覆ってガードした。その隙に写真を拾い上げて木の傍まで走り抜ける。
「見苦しくも生にしがみつくのは嫌いじゃないですよ、桐崎様。でもそろそろ諦めたらどうです?」
桐崎はそれには答えなかった。腕の中に視線を落として呼びかける。
「おい、魔女、目を覚ませ。魔女!」
「あ……うぐ……ぅ」
腕の中で意識を取り戻したマリエルをしゃがんで木に寄り掛からせる。
「私が三十秒だけ時間を稼ぐ。その間に傷を治せ」
マリエルは首を一度だけ縦に振った。それを視界の端で見届けて、桐崎は写真をマリエルの膝に落とした。
「貴様のだろう、ちゃんと持っておけ」
「あ……宗、治……」
マリエルはゆっくり手に取ると、付着した泥を血まみれの手で軽く拭いた。しかし余計に汚れてしまうだけだった。
「何故貴様がそんなものを持っているのか──後で聞かせてもらうからな」
その言葉にマリエルはありがとう、と返した。桐崎は少し驚いて振り返った。
大事そうに写真を胸に当て、微笑みながら涙を流すマリエルがそこにいた。
「生き延びるぞ」
どんどん膨れ上がる疑問が困惑となっていくのを、かぶりを振って頭から追い出し桐崎は翁へと数歩詰め寄った。
「堅の蜘蛛」
二本失い六本になってしまった肥後守を這わせて、防御姿勢をとる。三十秒はとても長い時間だった。しかしやるしかないのだ。
四本を同時に仕掛け、遅れて二本を後頭部の死角から首にめがけて放つ。左腕の一薙ぎで四本が跳ね返されるが、計算済みだった。しかし、残る死角からの二本もいとも簡単に伸びた髪の毛によって弾かれてしまった。
その二本を逆に桐崎に向かって投げ返してくる翁。桐崎は戻した四本でそれを弾くと、横に走りながら今度は順に一本づつ放っていった。それは誘導するミサイルのように途中で角度を変えて、順次翁へと向かっていく。
しかし時間稼ぎでしかないその攻撃は、逆に桐崎の首を絞める結果となった。
「切っ先に気迫が感じられないですぞ」
放たれた肥後守全てを無視して翁が一気に詰め寄ってくる。見もせずに伸ばした髪の毛と髯で全てを弾き、眼前にまで迫った翁が、にたあ、と笑う。肥後守を戻す暇さえも与えてくれなかった。
とっさに後ろへと飛ぶが、翁は左腕での攻撃はせずに、地を蹴って桐崎の頭上を超える勢いで飛んできた。そして両方の鳥足で獲物を狩る鷹よろしく、桐崎の身体を掴み上げ、そのまま地面へと着地する。
ごりごりと身体を地面に擦りつけられながら数メートル、勢いで引きずられる。
「鷹はね、この状態で獲物を押さえつけて捕食するんですよ」
そう言って翁が左手で桐崎の頭を地面に押し付けていく。圧死か窒息死、どちらかがすぐそこに迫っていた。

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