17〜ひらり、ひらり

「あいつの欲望は尽きる事はないのか……?」
桐崎が更に変化を遂げていく翁を見つめ苦々しく吐き捨てた。
「それは違うわよ支配者。欲望なんて誰だって尽きやしないわ。そうじゃない、あれは──執念。奇跡に侵食される事も厭わない程の……っ!」
話している間も翁の身体は着実に変化していっている。光が吸い込まれた箇所から順に。
今度は髯だけではなく髪の毛も伸縮自在な鞭へと変貌したようだった。そして無くなった左腕は再生と共に更に地面を擦る程の大きさになり、右腕は翁の腕そのままだったが、手のひらだけが異様に肥大化していた。そしてそれは蛙の手のひらのような形へと一拍置いて変化した。
そして鳥足。それ自体はそのままだったが、加えて尾まで生やしたことにより、安定度は増したようだった。
「これで最後になるかもしれないなら、後悔しないように生きなければなりません。桐崎様、そしてマリー、これが先達として私が贈る事の出来る教訓です」
「貴様はそれが自分の最期だと悟っているのだな?」
「別に死ぬつもりはありませんがね。今あなた方を消して、後ろの欠落巫女を消す。一分とかかりません」
光が翁を侵食するその度に、小刻みに身体を震わせては恍惚に浸る翁に、マリエルは足をもつれさせながらも突進していった。
「私の奇跡を返しなさいよお!!」
まったくの無策だった。気づいたら身体が動いていたのだった。
「生誕を待つ(マリーズ)──」
「やめろ魔女!」
桐崎の制止の声にも構わず、マリエルは両手を突き出して力を生み出そうとした。
しかし、
「遅い」
苛立ちの含んだ声で髯を伸ばし、マリエルの身体を絡め取る翁。そのまま引き寄せて更に大きな右手に持ち帰る。
「聖母の棺(コフィン)!!」
捕まったままで生み出した力が、翁の口に向けて放たれる。
しかし髯が瞬時にうねり形を変え、翁の顔を守って凍っただけだった。
「っが……っ」
左腕による渾身のストレートを食らって、マリエルは空中へと吹っ飛んだ。
翁が手についた血を舐め、数拍遅れてマリエルの身体が地面に落ちる。その拍子に何か紙が一枚、マリエルのポケットから舞い落ちた。
「奇跡を、私の奇跡を……返し……」
涙と血でぐちゃぐちゃになった顔でマリエルが繰り返す。とても大事な物を純真に守ろうとした子供のように、その顔はひどく幼く見えた。
「魔女!」
とどめを刺そうと軽く跳躍し距離を詰めてくる翁から、すんでのところで桐崎はマリエルを抱いて飛んだ。一瞬前までマリエルが横たわっていた場所が、翁の左腕によって軽々と抉られていた。
舌打ちをしながら翁に向き直る。マリエルという戦力をここで無くす訳にはいかなかった。かといって、マリエルを抱えたまま翁の攻撃を避けるのもあと一、二回が限度だろう。
万策尽きた絶望感が桐崎の胸の内に湧き上がる。
と、その時桐崎の目に信じられない物が飛び込んできた。
マリエルが落とした一枚の紙が、翁の攻撃で再び宙に舞っていたのだ。そこに描かれていたものに桐崎は絶句した。
それは一枚の写真。
桐崎若が決して手に入れる事の出来なかった、桐崎宗治が写った写真。

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