16〜猛禽類のように

「ちょっと! 匠はまだ来ないのっ!?」
自身の反応速度を上回る速さで迫り来る拳を、予測で放った<散り行く大輪の薔薇(ロスト・スプレッド・ローゼス)>の爆風で回避しマリエルが叫ぶ。
「集中しろ、魔女!」
桐先が肥後守を牽制に放ちながら挟み撃ちの態勢を保とうと走る。
「してるわよ! でも──」
伸びてくる髯を身体を低くして避けるマリエル。
「持たないわよそんなにっ!」
「耐えろ、がらくたの作戦は成功したようだ」
確かに、縦穴から噴き出す光の量は先程に比べ半分くらいになっていた。
「ふむ、奇跡の力を弱めるとは……まあよい」
光を一瞥し翁が呟く。優位は揺るがないといった表情が見て取れる。
「あまり状況は変わってないのよね……」
マリエルはそう言うと、無重力下のようにふわりと跳躍した。少し自嘲気味に笑って、
「狂い咲く紅い薔薇(スプレッド・ローゼス)──別れ行く恋人達(リパルス・ラヴァーズ)!!」
続けざまに創造力を二つ解放した。
火球が反発作用によってスピードを増し翁へと向かう。
「小賢しい!」
翁は鼻息荒く短く吐き捨てると左腕を無造作に一振りさせ、火球を腕に当てて爆発させた。勿論、まったく傷はない。
だがその隙を突いて桐崎が八本の肥後守を翁に巻きつけた。
「それでどうしようというのですかな、桐崎様──」
「それはこっちの台詞だ、翁よ貴様手繰り寄せるのだろう、この肥後守を」
それは効果があった。その言葉に手繰り寄せるかどうか、一瞬躊躇した翁に、もう一つの矛先はしっかりと向けられていたのだから。
「穿つ光の雫(ラプトリアル・ドロップス)──」
二回分跳躍した高さを得たマリエルが、翁を視界に捉えて静かに創造力を解放した。
「なに──」
それは翁が振り仰ぐのと同時だった。遥か上空にいた筈のマリエルが一瞬にして、目の前にすらいなかった。
何か巨大な物が落着したかのような激しい音が響き渡る。
「あ、あ、あ、あがぁぁああぁぁッ!!」
翁の悲鳴がその音を掻き消す勢いでこだました。左腕があった筈の場所には何もなく、狼狽する翁の目は宙を彷徨うだけだった。
翁の背後でマリエルがよろめきつつ立ち上がる。
その力は感覚的にはまさに光の速さだった。流星のようにその身を加速させ、生じた空気摩擦で翁の硬い左腕を切り裂いたのだ。
「やるじゃないか魔女よ」
桐崎が肥後守を全て回収して言い放つ。
「まあね、計算通りよ。この威力も、私自身への負荷も、ね」
膝をついてマリエルは翁を見つめる。
「さあどうする? 自慢の腕は無くなっちゃったわね」
「マリー……ッ! マリーマリーマリーマリーーーーッ!!」
「何ようるさいわね、人間やめた奴が言葉発してんじゃないわよ」
翁は無くなった腕を慈しむかのように左肩に手を置くと、ゆっくりと縦穴へと近づいていった。
「また復活させようってのね、懲りないこと」
「もうたいした再生は出来まい、翁よ」
桐崎がマリエルの隣に並んで翁へと向き直る。しかしこれは勝鬨ではない。マリエルはこれ以上の攻撃が出来る状態ではなく、桐崎の肥後守では傷を与える事は出来ないからだ。お互いに決め手を欠いた状態だった。
(おい、立てるか?)
桐崎が小声でマリエルに囁いた。
(無理ね、今は……)
マリエルの答えに桐崎は特に表情を変えなかった。やはり匠を待つ以外ないようだった。
と、急に翁が全身を振るわせ始めた。明らかに今までと様子が違っている。
「桐崎様……おめでとうございます。奇跡は着々と封印されていってる御様子。あなた様の悲願は今叶いますね」
「ああ、そうだな。だから諦めろ」
「しかし……その前に私の悲願を達成させて頂きますぞ……っ!」
その瞬間、咆哮が辺りに轟いた。翁の口から漏れた声は既に人間のものではなく、肉食の獣だった。
「光が……」
奇跡の光を見つめてマリエルが呆然と呟いた。噴き出てくる光のほとんどが、翁へと吸い込まれるように消えていく。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送