15〜若様

「この空の……せい……」
これが、奇跡というのか。
こんなものが、奇跡というのか。
だから若様はこれを止めようとしていたんだ、ユリエは涙ぐんだ顔で両手を振り回して粒子を振り払った。
「ゆぅりぃえぇぇーちゃぁああああああん」
男が一人、ゆっくりとユリエに向かって歩いてきていた。瞳がない。ユリエを抱えていた男だった。身体のいたる所を噛み千切られて骨は剥き出しのまま、両鎖骨が陥没していて竦んだような格好、それでも男は牙を見せ笑い顔で近づいてくる。
他の六人は既に息絶えているようだった。壮絶なるサバイバルの生き残りといえど、あまりにも生きているには不自然な状態だった。
「いや……来ないで……」
「痛いぃんだよおおおおおおおー、いつもみたくぅ看護おしてくれよぉおおおおお」
男の手がユリエの髪の毛を掴んだ。が、掴んだだけで手首から先がぼろっと崩れた。
「ひぃいいやぁぁぁ!」
前髪の先にぶら下がった手首が、ユリエの顔を覆い隠すように揺れた。反射的にそれを掴んで放り捨てる。一緒に髪の毛が何十本も抜けたが、そんな痛みは今のユリエは感じていなかった。
後ずさりしつつゆっくりと立ち上がって男を見据える。
もう片方の手が伸びてきた。
「ああああああああああ!!」
絶叫とも気合ともつかぬ声を張り上げ、ユリエは逃げ出していた。
百合園の途中まで一気に走り抜けて、後ろを振り向く。男の姿は見えなかった。そのまま歩調を緩めて、百合園の中に踏み入る。真っ白な花が一面に咲いている中、両手を真っ赤に汚したユリエは少し放心で歩き、やがて倒れこんだ。
花の香りに頭の隅でああ、生きているんだな、などと思いながらユリエは涙を溢れさせた。それから目の前の一輪を摘み取って主の事を思い出す。
この百合園は桐崎若の代になってから造られたものだった。もっと正確に言えばある年のユリエの誕生日に造られたものだった。
単に百合が好きだから──そう若様は言っていたが、果たしてどうなのだろうか。

若様、この百合園は私へのプレゼントだったと考えてもいいですか?

若様、特別な想いを感じてもいいですか?

若様、一つだけ我侭を言ってもいいですか?

若様、会いたいです。

若様──

もう動く気にもなれず、ユリエはただ想いを巡らせてまどろんだ。
桐崎若にもう一度会えるのか、会えないのか。自分から動けば会えるのかもしれない。でもどこにいるかも分からないのだ。これ以上自分に何が出来るというのか。
空が薄暗くなってきていた。

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