13〜桜が降りる:1

こんな大掃除をしたのは本当に久しぶりだった。屋敷中を一斉に行うなんて通常しないものなのだ。
「お疲れ様です」
ユリエは疲れたそぶりを全く見せずに、渋い緑茶と様々な握り飯を大盆に乗せて庭にやってきた。芝生の上でばてていたスキンヘッド七人が、がば、と跳ね起きる。
テーブルの中心に置かれた握り飯に我先にと群がる七人の食欲に圧倒されつつも、ユリエは冷たい緑茶を七つ、順序ついでいった。ついだ傍からなくなっていくので、なんだかコップが無限にあるような錯覚に囚われつつも、休む事無くついでいく。
四リットルあった緑茶は、一分と経たずに七人の胃の中へと消えた。見ると大量にあった握り飯もすでにない。
「ごっそーさん!!」
七人が声を揃えて言う。
「いえ、おそまつでした」
皆を見渡して笑顔を向けると、七人の顔が順次緩んでいった。
ユリエは自分も席につきながら、軽く後ろを振り返った。
久しぶりの大仕事だった。屋敷中の窓という窓、ドアというドアが今は開け放たれている。一目で分かる大掃除の成果に、ユリエは満足そうに一人頷いた。
それから前を向き、テーブルに肘を立てて顎を乗せる。吹きぬけていく風が心地よかった。
「なあユリエちゃん」
突然声を掛けられて、少し呆けていたユリエは発言者を探して七人を見回した。
「俺だよ」
そのうちの一人が軽く手を上げた。
「あ、すいません」
「いや、いいよ。それより、もう中に入ったほうがいいんじゃないかな」
不安げな顔で男が言うと、他の者達も頷いた。
「俺達誰も奇跡の事は知らないんだけど、ここにいるのは危険じゃないのかな」
男がそう言うと、隣の男もうん、と頷いた。そして補足するように口を開く。
「前の奇跡は俺達子供だったからな。でもこれだけは言える。俺達みんな、家の中にいたんだ」
「ああ」
全員が一斉に口を揃えた。
「危険なんですか?」
薄紅色一色に染まる空を見上げて、視線を戻す。ユリエは当時の事はよく覚えていなかった。
「何がどう危険なのかは分からないけど」
「紬町の終わり、みたいな事後藤さんが言ってたしな」
ユリエに続き空を見上げる六人。
正直なところ、ユリエは今はこの空を綺麗だな、くらいにしか思っていなかった。薄紅色になってから三十分程経つが、そこから変化はなかったからだ。
若様がもう封印なさったのでは、そう、思っていた。
「危険、ですか……」
首を横に大きく倒してユリエは呻いた。
七人も確証がない為、それ以上は言わなかった。もしかしたら同じくもう封印されたのでは、と思っているのかもしれない。でも気味が悪いと思ってはいるようだった。
「入ってて下さい」
ユリエは優しく告げると、手を合わせて口に持ってきた。
「私は若様を」
一拍置いて深呼吸。
「ここで待ちます」
脳裏をマリエルの顔がよぎる。今すぐにでも主の下へ駆けつけて、主も知らないだろう秘密を伝えたかったが、自分の役割はあくまでもこの屋敷を守る事なのだった。その任を放棄するわけにはいかない。
それに、主の下には雪がいるのだ──
報われない想いに涙が溢れそうだったが、表には出さなかった。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送