11〜始まりの場所へ

「マリー、桐崎」
改めて木の陰から戦場へと戻った匠は、振り向いている暇などないと言わんばかりの二人に向かって構わずに続けた。
「十五分。耐えられるか?」
「絶えられるかもね」
マリエルが冗談交じりに言った言葉は、匠には勿論オーケイ、という意味で伝わった。「そっか、じゃあ頼んだぞ」
それだけ言い残すと、匠は十五分の賭けに全力を込めて走り出していた。
糸紬丘、公道、中央市街と休む事無く一気に走り続る事五分、匠は今までで一番最速のスピードで目的の場所に辿り着いた。
さすがにこれだけ必死になって走ったのは久しぶりなので息が上がる。膝に手をつきながら見上げた塔の向こうには、薄紅の空。この異常な空の色を知ってる者は外を出歩かないだろうし、知らない者は多少の不安とそれに勝る好奇で以ってこの公園に集まっているのだろう。
匠は集まっていた同世代の若者達の視線が自分に集まった事に腹を立てた。しかし高まる心臓の鼓動を抑えようと肺にゆっくりと酸素を流し込むと、自然とそれらはどうでもよくなった。
極小で矮小な生命体はいまだ紬町の上空に舞ったまま降りては来ない。
奇跡の行く末は見たかった。けれど凪というがらくたを知ってしまったから──知らされてしまったから──後悔はなかった。
こんな状況下でも営業を続ける受付を強引に突破して時計塔の中へ突入する。受付嬢は匠を咎めようとはしなかった。
始まりの場所であって、もう終わってしまった場所。誰に知られる事もなく、真実を知られてしまった場所。母胎門はもう開く事はない。
オーケイ、それでいい。
時計塔の階段の途中、匠は胸中呟くと、地下への穴へとその身体を投げ出した。
いつも通りの入り口を降りると、いつも通りのただっぴろい空間が広がる。松明の炎以外明かりのない地下空間。匠は何の気配ももう感じられない中、ひたすら走り続ける。鉄格子の存在はやはり邪魔でしかなかった。
走って走って、目的の母胎門を視界に捉え尚走って、ドアノブなどない巨大な門に勢いよくぶつかって、ようやく止まった。身体を百八十度回転させ、門に背中を預ける形で荒く息を吐く。上を見上げその大きさに圧倒されながらも、匠は笑いが込み上げてくるのを抑えきれずにいた。
まったくどうかしてる。こんな事に気づかなかったなんて。
そら寒い空間に狂気じみた笑いを響かせた後、いきなり匠は門をありったけの力でぶん殴った。
「おい、開けよ……開かなかったらぶっ壊すからな」
目を閉じて門に手を当てる。匠の、がらくたの力が門を呼び覚まそうと働きかける。開く筈である。
<誰にも必要とされていない>門ならば。
直感的な感覚で匠は目を開けた。そして一歩、十数メートル程大きく跳び退る。
門が、音も立てずにゆっくりと開き始めた。解放された薄紅の霧が一斉に視界一面広がる。天井へと立ち昇った霧が行き場を失ってまた降りてくる。
門の中はマリエルの故郷に繋がっているのだろう。しかし、とめどなく溢れる霧が門の中を一片たりとも見せようとはしなかった。
「開いた……ぃよおーーっしっ!」
飛び上がって喜ぶ匠。しかし時間がない事を思い出し、そのままきびすを返して走り出そうとした。その時。
「なんと……この門が再び開こうとは……どこの馬鹿者だ?」
門の向こうで、聞いた事のある声がした。

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