10〜想いの世界で

「久しぶり」
軽い口調で匠が言った。
「うん……っ、うん……っ!」
感極まった凪が、心の中で泣いた。聴覚とは違う、不思議な感覚。直接心に響いてくる匠の声は、今まで凪が貰ったどんな言葉よりも重く、優しく、温かかった。
「良かった、無事みたいだな」
「無事なんかじゃないよ……!」
「どこか悪いのか?」
凪はううん、と答えた。それから、堰を切ったように語り始めた。
「寂しかった。とってもとっても、とってもとっても、寂しかったんだよ……! 私、奇跡を抑えなくちゃ、ってそれだけを考えていたんだけど、今みんながどうしているのか全然分からないし、もしかしたらって思ったらどんどん不安になってきて、自分はもう独りぼっちになっちゃってるんじゃないかって思って、そしたら奇跡を抑えようって願う事が出来なくなっちゃって、
でも抑えなきゃ、って私は必死に願おうとしたんだけど、不安がどうしても拭えなくて……!」
言葉の最後を淀ませて凪が沈黙した。
そうか、とだけ呟いて匠は凪の頭を撫でたが、それは伝わらなかった。
「でも……」
凪が短く思いを告げた。そして続ける。
「どうして私に声をかけてくれたの? 匠はマリエルと奇跡を見たいんでしょ?」
「奇跡は、奇跡の先にあるマリエルの故郷は、見たいさ。でもそれ以上にお前が──」
そこまで言って匠は先を続けるのを止め、言い直した。
「頑張ってるからさ、手伝ってやりたくなった。それじゃなくても今奇跡を止めないと勝てない奴がいるんだ。奇跡を見たくてもこのままじゃ見れないって訳だ」
「うん」
「だから、頑張ってくれ。俺には声を掛けてやるくらいしか出来ないけど」
「ありがと。それだけで嬉しいよ」
凪が笑った。そして、でもね、と反語を口にした。
「どんどん強くなってきてるの、奇跡。見た目はどう? 分かる?」
「いいや……変わったようには見えないな」
一拍置いてから匠が答えた。
「そっか……。でも私には感じるの。多分抑えきれないんだって、それも分かる。決して弱気になっている訳じゃないんだよ」
「じゃあ俺はどうすればいい?」
「察しがいいね」
「ああ、泣いてばっかのお前が全然動じてないからな」
あっさりと言う匠に、無言の抗議とでも言いたげに凪が黙り込んだ。
「おいおい、怒るなよ」
「怒ってません。……とにかく、匠は壊れた筈のモノでも扱えるんだよね?」
「おう。それこそが俺の生き様よ」
「よく分かんないけど、まあいいや。じゃあこういうのはどう?」
そして凪が作戦を話し始めた。それはとても突拍子もない事で、長く紬町に住んでいる匠にも考えつかなかった事だった。しかし驚きながらも匠はその話にどんどん惹きこまれていった。
「どう?」
「ああ……それはいい作戦だ」
「でしょ?」
鼻を鳴らす勢いの凪。
「そうと決まれば俺は早速行ってくるよ」
「うん、お願い──あっ」
「何だ?」
「あのさ、お姉ちゃんに伝えて。私は元気だよ、って」
「………………分かった」
「じゃあ今度こそ。行ってらっしゃい」
「ああ、お前も死ぬなよ。あと涎くらい拭けよ」
「え? あ──マジで? ……ちょっと見ないでよ!」
「だらしなーい」
「うるさい、さっさと行け!」
恥ずかしさを誤魔化すように凪が叫んだ。その後で自分ではどうしようもない事を少しばかり嘆く。
「じゃあな」
「うん」
短く答えたところで、交信が途絶えた。
再び一人になった世界で、凪はありがとう、と呟いた。

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