9〜君に届け

「本気で倒せると思ったのか……それとも死ぬ理由が欲しかったのか……理解出来んな」
そこまで言って、もう興味がないとばかりに左腕を振って雪を放り投げた。
「雪さん……」
「雪……」
匠と桐崎が短く呻いた。
「なんだい、頭にきたかい?」
翁の言葉に桐崎は舌打ちをして目を逸らした。匠はというと、
「いや……そんな次元の話じゃ……ないんだよな」
そう言って呆然とした表情で少し俯く。自嘲気味に笑みが漏れた。
「匠、悲しむのは後にして、今はこっちを──」
「うるせえ!」
マリエルの無遠慮な言葉を一喝して匠は翁に背を向けた。
「匠っ!!」
「わりい、ちょっと二人で頑張っててくれ」
匠はマリエルを無視して歩き出した。その背中に別の声がかかる。
「何処へ行こうというんだい?」
「何処へも行かねえよ」
牽制に伸びてきた髯を傘で防ぐ匠。そして何事もなかったかのようにまた歩き出す。翁は短い溜め息を漏らした。
「さっきの娘といい君といい、やはり理解に苦しむ。……まあいい。桐崎様、マリー、再開しましょうか」
慇懃無礼な翁の台詞を耳の隅で捉えながら、匠は凪を抱き起こした。
「おい凪、聞こえるか? なあ、返事しろってば」
頬を軽く叩き揺する。しばらく試した後で、匠は今の行為が無駄な事を思い出し止めた。代わりに目を閉じる。
(凪、凪、聞こえ──てるだろ? 返事してくれ)
声ではなく心で、匠は凪に呼びかけ続けた。雪の言っていた事とは、つまりはこういう事なのだろうと考えながら。
(凪、早くしろ──凪!)
何度目かの交信で、匠の頭の中にエコーがかった声が響いた。それはひどく不鮮明で、強制的に傍受してしまったラジオのようだった。
その微かな声をきっかけに、何故だか狂おしいまでの愛しさが込み上げてくるのを匠は感じていた。今の今まで凪にそんな感情はなかったというのに。
(もう少しだ……俺はここにいる)
いつの間にか強く抱きしめながら、匠は必死に呼び掛けた。
(……み…………たくみ……)
二人の波長が重なった。
(よくやった……コンタクト成功だ)
額と額を合わせて、匠は凪の世界へと飛んだ。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送