6〜マリエルの決断

匠の言葉を思い出し、マリエルは涙を溢れさせた。そんな事はこの世界に生まれた時から、既に分かっている。
前髪の間から瞳だけ動かして翁を見上げ、マリエルは唇を固く結んだ。それから、呟く。
「嫌な事を思い出させたわね。絶対、後悔させてあげる」
締めつける力が強まり、肺が捻られるような軋みをあげる。あと僅かで破裂してしまいそうだ。
「あと軽く力を込めるだけなんだよ、マリーや。それでもそんな口が叩けるのかな?」
「ええ、こうするからよ……惹かれ合う恋人達(マグネット・ラヴァーズ)!」
後ろ手で力を解き放つ。匠の身体が吸い寄せられるようにマリエルの元へと飛んできた。マリエルは見もせずに匠の腕を掴むと、続けざまに創造力を解放した。
「縫合する命の糸(ウィッシュ・ストリングス)!」
「余計な事を」
翁は気分を害したようで、締めつける力を強めた。
後は耐えるだけだった。目を閉じて歯を食いしばって、その時が来るのを待つ。
「邪魔なプライドは捨てれたかよ……?」
目を覚ました匠が問いかけてきた。
「うん……っ」
素直にマリエルは答えた。
「そうか」
匠が一言だけ呟く。急に、マリエルは息苦しさから解放された。
「いまだ生き永らえようとするか……」
翁の台詞で目を開くと、マリエルを締めつけていた髯は足元に塊となって落ちていた。背後で鋏の噛み合う音が聞こえた。
「匠……」
後ろを振り向こうとするマリエルの頭に、匠の手が置かれた。
「よく決断した。後は桐崎と凪も治してきてくれ。総力戦だ」
と匠が前に出る。マリエルは小さく頷いて雪達の元へと駆け出した。

「あら──」
一冊の日記帳を手に取ったユリエは、そのタイトルを見て首を傾げた。
「我が子供達へ」、そう記してある。
今となってはほとんど使用されていない、前当主宗治の書斎。朝方帰ってきてから七時間、休む事無く屋敷中を掃除し続けていたユリエは、休憩する理由を見つけたとばかりにその日記帳を片手に傍のテーブルに着いた。
七人には申し訳ないけれど──手伝わせている後藤の部下達に胸中軽く謝りながらも、はやる気持ちは既にページをめくり上げていた。流れるように連なっている文字に眉根を寄せて見入る。
数ページめくったところで、ユリエは規則的に動かしていた手を止めた。
「これって……」
開け放っていた窓を振り返ると、薄紅の光が遠くに見えた。その光に桐崎ともう一人の姿を重ねる。
少し後悔を覚えて、ユリエは日記帳に目を戻すと閉じようと手を添えた。
溜め息混じりの笑みが漏れる。
日記帳が一ページめくられた。

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