2〜子供達:2

「雪さん……マリーの、言う通りに……するんだ……」
声の主、匠が弾けた腹を押さえながらもはっきりとした口調で言った。傷の痛みに顔を歪ませてはいるものの、双眸に宿した力強さはいまだ色褪せてはいなかった。
もう詰んでしまって動かせる駒などない状態だというのに、マリエルといい、匠といい、どうして足掻くのか。
「奇跡ってそこまでしても欲しいモノなの? 私も、凪も、若君もみんな止めようとしてたんだよ? 君達がいなければこんな事にはならずにすんだんだよ? ──平和でいられたんだよ? ここで君達を助けたとして、君達はあのおじいさんのように奇跡を願うんでしょう? 違うなら……何か言ってみなよ」
匠は何も言わなかった。
「ほらやっぱり……。助けてなんかあげないよ。君も私も、ここで死ぬの。同じ絶望を味わうのよ」
匠は長い沈黙を張った後でようやく口を開いた。
「ああ、俺も、マリーも、諦めない。諦めてたまるもんか。だから早く、マリーの言う通りにしてくれ、雪さん」
「な……分かってないの? 助けないって──」
「いいや助けるね。ただ雪さんは迷っているだけだ。時間の問題、助ける事は事実なんだ」
時間が惜しいといった感じで、雪の台詞を遮る匠。
それは予想でも予測でも予言でもなければ、命令でもない。脅迫やうそぶいた駆け引きでもない。本当に、ただ事実を言っているのだという口調だった。
断言に一瞬揺り動かされそうになった雪だったが、なんとか留まった。
「そんな言葉に騙されるわけないでしょ。君達を助けて何が救われる訳でもないのが事実って言うのよ」
それを聞いて匠は口の端を軽く持ち上げた。そう言うと思ってた、とでも言いたげに。
「マリーは、この中で傷を治すことが出来る唯一の、存在だ」
「へえ。それで?」
「分からないかなあ? 皆治るって言ってるんだ」
「そんなわけないじゃない。マリエルが治すのは君だけよ、多分。同じ同志として、ね」
匠の話を信じろ、というのは無理な話だった。マリエルにとっては雪達も敵に変わりはない。
「あのじいさん、きっと戻ってくるぞ。奇跡により侵食されて、な。だとすると、今の俺達じゃ勝ち目はない」
珍しく匠が弱気な事を口にして、雪は少し驚いた。
「……皆で力を合わせれば勝てる、って言いたいの?」
「そう取って貰って、構わないよ」
なるほど確かに、と納得したところでしかし雪ははたと気づいた。
「でも、あのおじいさんを倒したとしても、やっぱり君達は奇跡を願うんでしょう?」
そう言うと、匠はまあね、とあっさりと肯定した。その後で、でもそれはまた後の話だよ、と付け加える。
「お互いにチャンスがもう一回巡ってくるんだ。雪さん達にも奇跡を止めるチャンスが生まれる。それで──充分だろ」
それからしばらく、お互いに黙り込んだ。
涙がいつの間にか止まっていた事に気づいて、雪は頬を軽く擦った。溜め息混じりに笑みが零れる。
根負けしたように、雪は口を開いた。
「子供ってのは……夢にまっすぐでいいわね……」
匠が満面の笑みを見せた。

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