17〜親心

「匠、手を貸しなさい。新しい欠落巫女もろとも潰すわ」
「よっし。……でも凪が欠落巫女とはね。ただのギャラリーでいれば良かったものを」
匠がピエトロ君を取り出しながら呟く。そのまま耳を近づけて一人頷く。
「うんうん、そうなんだよピエトロ君、どうやらもう少しだったところを桐崎達にやられたみたいでさ。もう少し待っててねー」
声が聞こえない桐崎は勿論匠が独り言を言っているようにしか聞こえない。それはマリエルも同じだったが、苛立ちを見せたのは桐崎だけだった。
「がらくた……もういい加減消えてくれないか? どうせお前は確固たる志の元動いている訳ではないんだろう? それでは悪役としても不充分だ。ただのうるさい傍観者であるべきなんだよ、お前は」
蜘蛛を模した八本の肥後守が桐崎の苛立ちに反応するようにからら、と地面を這う。
「俺の意志なんてお前ごときにゃ一生分からねえよ。うだうだ言ってねえで決着……つけようぜ?」
匠が両手を懐に入れると、マリエルも手を前に突き出す。後はどちらからでも動けば、ものの数秒で決着がつくだろう。
「おやおや……騒がしいと思って来てみれば……」
匠が動きかけたその時、突然しわがれた声と共に一人の老人が木の陰から姿を現した。懐から出しかけた手を思わず止める匠。
「誰だ?」
最もな質問をぶつけたのは桐崎だった。背後から現れたその老人に対し、凪と雪を肥後守の安全地帯に招き入れ、前後同時に警戒する。
「これはこれは桐崎様。私はこの紬神社の神主をしとる竹取翁です。覚えておられでないですか? あなたの父君にはよくお世話になったものです……」
場にそぐわない柔和な笑顔を向けながらゆっくりと近づいてくる翁に対して、桐崎は警戒を解かずに手で静止した。
「そうか、神主だったか。敷地内で申し訳ない……だが緊急事態なのだ。危ないから帰って大人しくしていた方がいい」
「緊急事態ですと? この紬町においてそのような事があるとすれば……奇跡ですな?」
ちらっとマリエルを見やる翁。マリエルは完全に無視していた。
「いいから消えなさい、自分の身が惜しいのなら」
支配者としての責任感からか、こんな状態でも桐崎は翁の身を心配した。しかし、翁の口からは意外な言葉が返ってきた。
「ほほ、私とて以前の奇跡の被災者。桐崎様──お分かりですな? よろしければ力をお貸しさせて頂きますぞ」
「能力者か……助かる。ではあの魔女とがらくたを排除するのを手伝ってくれ」
戦力の増えた桐崎が安堵の息と共にマリエル達に向き直った、その瞬間。
突然凪が声もなくその場に倒れた。
「何……っ!?」
桐崎が慌てて振り向いた時には、翁の姿はそこにはなかった。
「ほほ……父君と違ってあなたは生温い……。実は私はマリエルの育ての親なのですよ」
いつの間にかマリエルの傍に移動した翁が、優しい口調のまま桐崎の背中に向かって真実を口にした。
「でかしたわ、翁」
「やるなおっさん」
匠とマリエルの賞賛の声を浴びた翁は、満足そうに白髭を撫でた。
「貴様……!」
「おっと動かないで頂きたいものですな……。でないと動いた瞬間あなた様の首を跳ねなければならなくなりますゆえ……」
「やってみろ……!」
桐崎の怒りが握り拳に見て取れた。
翁は虚勢とでも受け取ったのか、ほほ、と笑いながら傍らに倒れている凪に目を向ける。
「まあそう死に急ぎなさるな。そこの欠落巫女のお嬢さんも別に殺してはいないのですから。私はね、ただマリエルに奇跡を拝ませてやりたい、ただそれだけなんですよ……親心というやつですな」
そう言って翁はマリエルによりいっそう深く優しい笑顔を向けた。
「ん? ああありがと」
マリエルはありがたみをまったく感じていないのか適当な返事を返すが、いつもの事らしく翁は気にしていないようだった。
「最低の親心だな、まったく……反吐が出るっ!!」
背中を向けたままの状態で桐崎が肥後守を八本同時に仕掛けてきた。
動いたのは匠だった。瞬時に前へ出ると、襲い掛かる刃ごと桐崎の背中を鋏の一振りで切り裂く。
「うぁ……ぁ……」
「いちいちうるせえんだよ」
鋏を前に突き出してから流れる動作で懐に戻すと、匠は倒れた桐崎には目もくれずに雪に近づいていった。威圧的な雰囲気に一歩後ずさる雪。構わず肩を抱き寄せると、匠は顔を近づけた。
「雪さんは……黙って見届けてくれるよな?」
口元を綻ばせながらも目の笑っていない匠に、怯えを顕わにしながらも雪は首を縦に振る。
匠は満足そうに何度も頷いてから、マリエルと翁に親指を突き出した。
と、そこで匠の動きが止まった。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送