16〜奇跡

とめどなく溢れる薄紅色の光の奔流の中、マリエルと匠は光の粒子に優しく支えられて浮いていた。今まで立っていた筈の巨大な一枚岩は眼下にはなく、代わりに岩と同じだけの大きさの縦穴が口を開いている。そこから溢れる光の源泉はいったいどれ程の深度にあるのか、地上からでは臨む術はない。
「すっげえ……」
空へと昇っていく光を目で追いながら匠が感嘆の声を漏らす。
「綺麗な霧だなぁ……身体浮いてんし」
「ふふ、霧じゃないのよ。これは小さな小さな命。この光る粒子一つ一つが一個の生命体なのよ」
揺りかごのように揺れながらマリエルは小さく笑った。身を委ねている事が心地よいといった表情である。目を閉じてマリエルは続ける。
「この子達は自分というものを形作る事が出来ないの。だからこの地球上の生き物の身体を借りようと飛んでいくの。
この子達は宿った生物の何か──よくは分からないけどね──と反応してその生物を変化させる。それが能力者。あんたみたいな、ね」
人差し指を向けられて匠は合点がいったようで、口を丸くする。
「じゃあもっと面白い身体になれるのかなあ、俺」
手をかざして軽く光を塞き止めながら言う匠に、マリエルは首を傾けた。
「あんたの場合は前の奇跡でもう宿られちゃってるから、どうかしらね? それ以上おかしくなりたいの?」
「それも悪くないかなって、そう思ってるよ」
「ま、そうなったら私の故郷で暮らすといいわ」
下を見やってマリエルが呟いた、その時。
「え──」
突然光の吹き出る勢いが弱まり、マリエルと匠の身体は確かな支えを失って徐々に降下を始めた。
「何? まだ終わりには早い筈──」
予想外の出来事に焦りを顕わにするマリエル。そうこうしているうちにも光の量はどんどんと少なくなっていく。光の恩恵を受けて縦穴を降下していく筈だったのに、このままでは重力に従った速度で落下していく事になってしまう。
「今度は何が始まるんだ?」
そうとは知らない匠が楽しそうな声を上げる。
「落ちんのよッ!!」
説明になっていなかったが、マリエルはそれ以上は構わずに視線を匠から外した。穴の周囲を見渡す。
「いた──って何であいつが!?」
動揺するマリエルの視線の先を追った匠が笑い声を上げた。
「よお。遅かったじゃねえか」
地上にいる男──桐崎に向かって手を挙げてみせる匠。傍らには無表情で両手をかざす凪と、表情を表せるようになった雪の姿。その顔は今は恐怖に歪んでいた。
「ああ……だが間に合ったようだな」
二人を守るように桐崎が一歩前に出る。
「あんたが呼んだの!?」
「ああ、ギャラリーは必要だと思ってね」
状況が分かってないのか、悪びれた素振りも見せずに言ってのける匠を、マリエルは手招きした。脆弱になった光の中を泳ぐように近づいてきた匠の顔に、拳がめり込む。
「何しやがるっ!?」
「こっちの台詞よ、馬鹿!! 別れ行く恋人達(リパルス・ラヴァーズ)!」
匠を蹴りつつ創造力を発するマリエル。その力に飲み込まれた匠が穴の脇の桜の木へと吹き飛ぶ。そして蹴った反動で落下点を穴の外へと修正する。
直後光は完全に消滅し、辺りは青空の下日常の光景へと戻った。間一髪縦穴に落下する事は防げたが、奇跡は止まってしまった。
「邪魔ばっかりする人間共──」
落下のスピードに乗ってマリエルが振りかぶる。
「消えろ! 彷徨う燐火の蔓(ウィスプ・ヴァイン)っ!!」
桐崎に向けて光の鞭を繰り出す。が──
「尖の鷹」
桐崎が手を突き出して呟く。鞭が届く寸前、あと少しというところで、弾丸にも匹敵する速度で放たれた肥後守がマリエルに襲い掛かる。
「ぐ……っ!」
なんとか身体を一回転させ頬を掠らせるに留めると、気合と共に鞭を振りかぶる。
「舐めるなあっ!!」
「堅の蜘蛛」
桐崎がありったけの肥後守を地面にばら撒く。その数八本。それぞれの肥後守はまるで命を与えられたかのように、順次マリエルめがけてあらゆる角度から襲い掛かった。
「ち──狂い咲く紅い薔薇(スプレッド・ローゼス)っ!!」
瞬時に鞭を消して爆風で避けるマリエル。地面に降り立つと、匠が駆け寄ってきた。

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