12〜星が泣く:9

自分の身体が傷つけば傷つく程動きが俊敏になり、力が増し、動体視力が上がり、判断力も鋭くなる。
使い物にならない、無価値な物──がらくたの力を引き出せる匠だが、自分自身をそれと同義、つまりがらくたにしてしまう事によって強くなると気づいたのは、つい先程の事であった。
「俺は感謝してんだ、お前には」
まるで演舞のように湯浅の拳を捌きながら、匠が口を開く。
マリエルを由香里の元へと向かわせてすぐ、その由香里に四肢を撃ち抜かれて、他の者なら立つ事すら出来ないだろう重傷なのに、匠は逆にどんどん力が湧いてきているのだった。脱臼している右腕は何故か動くし、撃ち抜かれた膝で飛び跳ねる事も出来る。
「ここまで傷つけてくれてありがとな」
「自分ががらくたになるのがそんなに嬉しいか」
匠の拳を顔面に食らいつつも、その腕を掴んで湯浅が指輪の力を解放する。マリエルに使ったのと同じ、内臓を破壊する力。
匠の身体が大きく揺れる。
「ああ……嬉しいね」
眼と口から血を溢れさせながら、匠は笑った。そのまま顔を近づける。
更に素早く、強くなった匠の頭突きを湯浅は避けれない。
鈍い音が響いてのけぞる湯浅の左頬を、ありったけの力を込めて右フックを叩き込む。
今度は手応えがあった。倒れてすぐに湯浅は起き上がろうとしたが、力が入らず肘で身体を支えるのが精一杯なようだった。
「そいえば止んだな、銃撃」
雑木林に目をやりながら呟く。
「まさか……やられたというのか……? 九条が……」
「マリエルをなめんなって言っただろ? 立てよ、こっちも終わらしてやる」
人差し指をすくい上げてみせる。
と、湯浅がうつ伏せの格好のまま小さく笑い声を漏らした。
「ふふ、随分と余裕じゃないか……」
「そうでもないんだぜ?」
言葉に反して口元が歪む。
湯浅が起き上がるのを待ってから手を前に突き出す匠。
「はぁっ!」
気合を込めたまま、数秒が経過する。
「……何の真似だ」
「今の俺なら波動の一つでも出せるかなーって思ったんだけどなあ」
本気で思っていたのだが、湯浅にしてみれば愚弄されたとしか思えないだろう。
「ありえなくはないかもな……だが、付き合ってられん」
首の関節を鳴らしてから湯浅が詰め寄ってくる。
鋭い突きが繰り出されるが、匠にはまるで腰の入っていない素人の拳に見えた。
精彩のない攻撃を左手で掴み、同時に右肘を鼻に叩きつける。
よろめきつつも脛を狙って足を振り下ろす湯浅。
それを片足を上げて避け、掴んだ腕を捻り上げる。
が、湯浅も捻られた方向に身体を回転させて抜け出す。
「どうした? まるでトロくなったぜ?」
互いに間合いの中で睨み合いながら、機会を窺う。
「ふ……そんなに余裕でいると後悔するぞ」
肩で息をする湯浅が、苦し紛れにしか受け取れない台詞を漏らす。
「傷の事か? 治るからいいのさ」
「治す前の話だ。あと一歩でも動いたらお前は死ぬ」
心外だなと匠は思った。
「ほー、どんな隠し技をお持ちなんですかねえ」
「動いてみればいい」
「そうだな」
身体を前に傾けて左足を踏み出す。
「ぐ……っ!」
その瞬間、口から今までの比ではない程の血が溢れ出し、言う事の聞かなくなった膝ががくっ、と崩れた。
「阿呆が──強くなればそれだけ傷は深く、死に近いという事に気づかなかったのか?」
湯浅が匠の首を両手で掴みあげる。内臓への衝撃をこれ以上受ければ、間違いなく死ぬだろう。
だが。
「んなこたぁ知ってんだよぉーッ!!」
湯浅の想像を超えたスピードと威力で、匠の拳が顎を突き抜ける。
匠にもはっきりと聞こえる程の大きさで骨が砕ける音が響き、顔をいびつに変えられた湯浅が吹き飛ぶ。その身体は巨大な一枚岩よりも高く上がり、雑木林の中へと落ちていった。
「でも、この傷はさすがにやべえや」
執拗だった追跡無人<ワーカーホリック>をようやく視界から消し、地面に座り込んで一息つく。
「ピエトロ君無事かー?」
匠の声に反応して、懐が少し動いたような感覚。
「うん、僕は大丈夫」
そっか、それは良かった、と満面の笑みを零す匠。
その時、騒音のように何か短い言葉を繰り返しながら、雑木林からマリエルが飛び出してきた。

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