11〜星が泣く:8

「動くなっ!!」
スーツの内側から素早くデリンジャーを取り出して向けると、マリエルは素直に立ち止まった。その距離、五メートル程だろうか。
「それ以上近づく事を、禁止します」
「無駄よ、あんたの技の秘密分かっちゃったんだから」
腰に手を充てて鼻で笑うマリエル。
「何の事ですか? あなたが私の何を分かったというんです?」
「とぼけちゃって……。一人二役ごくろうさん、って事よ」
完全に見抜かれているらしい。完璧な筈だったのだが──
「やっぱり上に気配を出したのは失敗でしたね……」
「まあね。木の上にいきなり出たり消えたりなんておかしいもの。ここら一帯に仕掛けた弾を跳ね返す反射板、そしてあんたの気配を自在に操る能力、よくもまあ短時間にやってのけたもんねえ」
褒めている様で馬鹿にしている口調が、由香里の神経を逆撫でする。
「ええ、あなた達みたいな常軌を逸した思想に囚われている者を相手にするにはこれくらいしないと。人間ではなくどちらかと言うと獣寄り、と考えればこういった罠を張るのも自然かと思いますけど?」
怒るかと思ったが、意外にもマリエルは喜んでみせた。拍手までしている。
「よーく分かってるじゃないの。そうよ、人間なんて思われたら堪らないわ。獣の方がずーっとずーっとマシよ。無駄な思考回路がない分、ね。人間の分際でそこまで理解しているあんたに、ご褒美に十秒時間をあげるわ。さ、逃げるなら今のうちにどうぞ」
そう言ってマリエルが手を伸ばし、由香里の後ろを指し示した。
絶対的な優位を信じてやまないその態度に、由香里の中で怒りがどんどん溢れてくる。
「あなた──どっちが有利かも判断できないんですか? この状況なら気配を操る事も、反射板を使う必要もない、ただ引き金を引くだけなんですよ? 言っておきますが、私は絶対に外しません」
銃口を更に前に押し出して、苛立ちをあらわにしながら由香里が告げる。
「は、あの時仕留められなかった時点であんたの負けなのよ。隠れてるうちが華ってね」
「あなたが魔法の言葉を口にするよりも、私が引き金を引く方が速いんですよ?」
「そうかもね」
あっさりと認めるマリエル。そう言われては、さすがに返す言葉がなかった。
「けど、あんたごときじゃあ私は止められないわ」
「このガキ──」
とてつもない力を持っているとはいえ、まだ少女だからと引き金を引く事を思い留まっていたのだが、どうやら更生させる事は無理なようだった。
「あなたの言動、がらくたを見てるみたいで虫唾が走ります……!」
「それは心外ね、私をあんな奴と重ねないで頂戴」
がらくた。沖田匠。無駄に自信家で人を馬鹿にした言動を取る、最も嫌悪するタイプ。
「一緒ですよ」
人差し指に力を込める。
たん、という乾いた音が響く。
しかしその弾丸がマリエルに命中する事はなかった。
「彷徨う燐火の蔓(ウィスプ・ヴァイン)──」
一瞬のうちに目の前に現れたマリエルが、低い体勢で抑揚のない声を上げる。
由香里の視界の端に白く尾を引いた光が映った。
「ね、無駄でしょう?」
嘲るような声が耳に入るのと同時に、腹から胸へかけて打撃とも斬撃ともつかない──鈍器で強引に抉られたような──衝撃が走る。
どんな攻撃だったのか。
自分は悲鳴を上げたのか。
何も分からないまま、由香里の意識はそこで途切れた。
「次はもう少しマシなものに生まれ変わることね」
マリエルが冷たく吐き捨てる。雑木林に、束の間の静寂が戻った。

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