10〜星が泣く:7

「標的は自己の技により死亡、か」
離れた木の陰からライフルのスコープを覗きつつ、由香里は小さく呟いた。確実にトドメを刺そうと思っていた矢先に、敵が自ら氷漬けになったのだ。
不可解ではあったが、見る限り表情も虚ろに固まり、凍死しているのは確実だった。
銃を顔から放し、すっと立ち上がる。由香里は長い息を吐き出すと、右手で銃の腹を持って半回転させた。そして銃口を後ろに向ける形で脇に抱えると、自ら氷漬けになった敵の方へと歩いていった。
「う……」
近づいてみて初めて分かったが、とてつもない冷気だった。近くにいるだけで凍ってしまいそうなくらいである。由香里は寒さに自分の肩を抱いた。
「ふーん……こんな女の子が<革命魔女>マリエル・ウォールドなんだ。……それにしても、こんな場所でもない限り勝ち目はなかったわね……」
マリエルの強さに素直に感嘆しながらも生死を確認する。確実に死亡していた。
由香里は任務とはいえ、自分よりも随分と若い少女をこういう結果に至らしめてしまった事に若干の後悔を覚えた。
<星の子の奇跡>などという、世界の破滅を願わなければまだ人生はこれから、未来もあったというのに。しかし今となってはそんな感傷に意味はない。
「秩序には逆らえないのよ。どんなに切望しても、ね」
目を閉じて全身赤ずくめの少女に少しの間黙祷を捧げる。それから由香里はスーツの襟を軽く直し、身を翻して、もと来た道を引き返した。
(さて、向こうはどうかしら──)
湯浅の戦況に思案を巡らせたその時だった。背後で突如轟音が鳴り響いた。
「な、何っ!?」
凄まじい勢いで迫り来る熱風と閃光を、腕でかばいつつ振り返る。
爆発が起きたのは勿論マリエルのいた場所である。
危機を感じて、急いで木の陰に身を隠す。それから、息を飲み込みそっと身を乗り出し確認する。光と熱の嵐が止んだ後には、マリエルが超然と立ち尽くしていた。憎悪とも呼べる表情で、荒く呼吸を繰り返している。
(そんな、確かに死んでいたわ──)
自分の観察眼には絶対の自信があった。確かに死んでいたのだ。でも、マリエルは生きていた。撃ち抜いた筈の傷口もない。
(さすが魔女ってワケね)
努めて冷静に、由香里は再びライフルを身体の前に持ってくる。別に戦況が引っくり返った訳でもないのだ。自分の居場所は知られていないようである。ならば今度は確実に自分の手でトドメを刺せばいい。
照準を定める為にスコープに顔を埋める。狙いはマリエルの背後、遥か遠く。
引き金を引く。無音の弾丸が、マリエルの横を通り抜け、狙い通りの箇所に当たって跳ね返った。
(さあ避けなさい)
避けた瞬間、寸分違わず左胸に撃ち込むつもりで、由香里は再度身構える。
──しかし。
「生誕を待つ聖母の棺(マリーズ・コフィン)」
鬱陶しそうな顔で見もせずに、マリエルが背後に氷の木を創造する。弾丸は氷の木に阻まれ、地面に落ちた。
(な──!?)
驚きに目を見開く由香里をよそに、マリエルは嘆息すると氷の木から手頃な大きさの枝──つららを折った。そしてそれを持ったまま、思いっきり振りかぶる。明らかにこちらを狙っていた。
(大丈夫、はったりよ……。ばれちゃあいないわ)
芽生え始めた恐怖を理屈で押し込めながら、由香里は必死に気配を殺し続ける。
しかしマリエルは迷いなど微塵も見せずに、こちらに向かってつららを投げ放った。そして叫ぶ。
「別れ行く恋人達(リパルス・ラヴァーズ)ッ!!」
その言葉に反応して、つららの速度が増幅する。弾丸のように加速されたつららは、だん、という刺突音と共に木を貫いた。
「あ……くぁぁ……っ!」
ライフルを落として、ゆっくりと下を向く由香里。下腹部から、透明で不格好な槍が生えていた。
じわじわとグレーのスカートに染み込んでいく血。
「く……あああっ!!」
由香里は足を木に充てて力を込めると、思いっきり蹴った。その反動でつららから脱出する。
前に投げ出されるように転がりながらも、倒れはせずになんとか膝で身体を支えて振り向く。
「小細工はもううんざりなのよ」
マリエルが髪を後ろに流しながら近づいてくる。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送