9〜星が泣く:6

緊張に短い息を吐く。
(二人共銃か──でも、二人目の位置は分かったわ)
気を落ち着けて右手を胸の前に持ってくる。そして二人目の気配がした木を目の端に軽く捉えると、意を決して陰から飛び出す。
「生誕を待つ聖母の棺(マリーズ・コフィン)ッ!!」
マリエルの言葉に反応して、二人目がいるだろう木の根元を中心に大きな波紋が広がる。それは瞬き程の間を置いて一気に冷気の霧を噴き出し、桜の木ごと一帯を凍らせた。
悲鳴すら上げる間もなく氷漬けにされたのだろう。マリエルの口が満足気に歪む。そしてそのまま氷の方へと跳躍する。
遅れてマリエルのいた場所に着弾する、残った一人の弾丸。
「ほら、誰だか知らないけどもうあんた一人よー。もう勝ち目はないからさっさと出てきなさいよー」
隠れもせずに両手を広げて挑発するが、雑木林は沈黙を保ったままだった。
「……めんどくさいわね、出てこないとここら焼き払うわよ──っ!?」
台詞の最後で突然背後──氷漬けにした木の方──に気配を感じて、マリエルは動物並みの反応で横に跳び、そちらからの弾丸をかわした。
「何で……!?」
そう言いながらも、正面のもう一人の弾丸を木の幹を蹴ってかわす。
(氷漬けにならなかった……?)
そんな馬鹿な、とマリエルは頭が混乱しそうだったが、考えている暇もなかった。着地点を狙ってきた弾丸を空中で身を捻って避け、逆立ちの姿勢で片手をつく。
「っつ……っ!」
その瞬間、避けた弾丸が石を弾き、マリエルの頬を強く打った。
バランスを崩してよろめく身体に鋭い痛みが一つ、遅れてもう一つ走る。
「きゃうっ!!」
前後から足と腹を射抜かれ、その場に崩れ落ちるマリエル。それでも何とか力を振り絞って飛び起き、木の陰へと再び身を隠した。
「生誕を待つ聖母の棺(マリーズ・コフィン)……」
痛みに耐えながらも目の前に氷の木を出して、前後を守る。
マリエルは滴り落ちる脂汗には構わず、息が上がる身体を落ち着けようと幹に背を預けた。
(甘く……見てたわ……)
あらかじめ石を弾いて当てるつもりだったのだろう。でなければ、こんな風にすぐさま撃ってこれるわけがない。避ける事を予測してその後ろにある石を狙うなど、並の芸当ではなかった。
縫合する命の糸(ウィッシュ・ストリングス)で傷を治したいところだが、そんな暇を与えてくれる訳もないだろう。
と、また気配が現れた。
「上っ!?」
考えるよりも先に身体を横へと投げ出す。が、そこへ一人目の放った銃弾が襲い掛かった。
「あ……ぅ……」
右胸を撃ち抜かれ、マリエルは再度倒れた。今度ばかりは起き上がる事も出来ない。
木の上を見る。
そこには誰もいなかった。代わりに、何か黒いものが枝にくくり付けられていた。
(そういう……ことか……)
マリエルの中で、ようやく謎が解けた。しかし、肝心の身体が動いてくれなかった。
(でも、まだ勝機はある……)
それは賭けだった。しかしこのままでは死んでしまうのだから、掛けに乗る他なかった。
「生誕を待つ……聖母の……ひつ、ぎ(マリーズ・コフィン)」
あろうことか、マリエルは自分自身に向けて力を解き放った。霧状の冷気がみるみる身体を包んでいく。
(盾は出来た……)
全身を氷で包み、弾丸から身を守るつもりだった。仰向けのまま指一本動かす事も出来ないが、意識はまだ残っている。
「縫合する……命、の……糸(ウィッシュ・ストリングス)……」
全身に治癒の創造力を流し込む。後は何処まで意識を保っていられるか。体温が奪われるのが先か、傷が治るのが先か。分の悪い賭けではあったが、傷口の血液が凍って、これ以上流れ出ないのは幸いだった。
マイナスの温度に密着され、表皮全体がもはや冷たいではなく、鋭利な刃物で刺されているような、鋭い痛覚に囚われる。
(は……や……く……)
白くなってくる視界を唇を噛み締める事で耐え凌ぐ。しかしもうそろそろ限界だった。
瞼が白い世界すら閉ざしていく。
傷口は縫合されただろうか。感覚のなくなった身体では確かめようもない。
マリエルの意識は、その名の通り氷の棺に深く閉じ込められていった。

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