8〜星が泣く:5

口から溢れ出る血を乱暴に袖で拭いながら林の中を歩き続ける事数分、マリエルはようやく湯浅の気配を感じなくなる距離まで辿り着いて、足を止めた。一回背後を振り返って、それから手近な木の幹にもたれ掛かると、ずるずると背中を擦りつけながら地面に腰を下ろした。
腹を押さえて顔を少しだけ上げる。空を舞う鳥のさえずりがどんどん遠ざかっていくのが、まるで嘲笑われているかのように聞こえて、マリエルは少し苛立ちを覚えた。
「く……っ」
その心に反応してか、ぎりぎりと痛みが再来する。今気を失ったら絶対死んでしまうだろう。
早く治さねば、とマリエルは首に手を当てる。軽く握られただけなのにくっきりと残っている痕が、湯浅の攻撃の威力を物語っていた。
外傷はなく、骨にも異常はないが、身体を少し動かすだけでも激痛が走る。
(これは……内臓メチャメチャね)
そう思いながら自分の傷だらけの内臓を想像する。それから全ての穴を塞ぎ、断たれた管にバイパスを通した正常な自分を想像する。
「縫合する……命の糸(ウィッシュ・ストリングス)……」
手のひらから溢れ出た創造力が、首筋から身体の内部へと流れ込んでいく。
外傷を治す時と違って、見えない手に内臓を触られているような、もぞもぞとした感覚はなんとも気持ちが悪かったが、マリエルは口を押さえてじっと耐えた。全然使い慣れていないのでしょうがないのだが、そう考えた後で使い慣れたくもない、と思った。
しばらく経って、ようやく身体の中を動き回る感覚が消えると、マリエルはやっと生きた心地がして大きく息を吸った。痛みがない事に満足気に口の端を上げる。
「よっし」
傷を塞ぐだけなので消耗した体力は戻っては来ないのだが、マリエルはそんな事はお構いなしにすっと立ち上がった。なんせ時間がないのだ。
(さて、敵は何処かしらね)
傷を治している間に攻撃されなかったので、この辺りではないだろうと考える。
一枚岩を囲むように広がっているこの雑木林の広さは結構なもので、歩いて回ったら三十分はかかるだろう。つまり人一人を探すには広すぎるのだった。かなり見知った、マリエルにとっては庭同然の場所だが、土地勘はあまり役に立ちそうになかった。
とりあえず一枚岩を中心に円を描くルートでおおまかに移動し始める。
早くしないと匠がやられて三対一になってしまう。それだけはなんとしても避けなければいけない。
垂れ下がっている枝を払い除け、出っ張った根っこを飛び越えて走る。
(何処にいるのよ……ったく……!)
全然姿を現さない相手に、いっその事辺り一帯燃やしてしまおうか、などと考えたその時だった。
右方向から視線を感じ、マリエルはとっさに前方へ身を投げ出した。それと同時に後ろの木の幹に、びすっ、と音を立てて何かが打ち込まれた。
(来たわね──)
その場で撃ってきた方向を見るなどと愚かな事はせず、素早い動きで一番近い木に身を隠す。
武器は先程と同じだろう。おそらく銃とかいう武器。だがそれはいい。問題はもう一人の存在だった。匠の方にいるかもしれないが、湯浅の強さを考えるとこちらに二人回して来る可能性は充分にあった。
再び気配が生まれる。今度は前方の木の陰だった。
(やっぱり二人か──)
この場所では挟み撃ちである。マリエルは前方からの弾丸を半歩でかわし、次いで右へ大きく跳んでもう一方からの弾丸をかわしつつ、別の木の陰へと移る。

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