6〜星が泣く:3

しかし、左から射抜かれた。
(もう<二人>いる……?)
それが一番納得のいく答えだった。というより、それ以外に考えられなかった。
頭を一掻きして歯を食いしばる。ぎり、という音が脳に響く。
たかが人間に騙されかけた事が屈辱でならない。
「縫合する命の糸(ウィッシュ・ストリングス)」
隠れている二人の存在を注意してか、湯浅の攻撃を避ける事に従事してる匠を横目に見ながら、傷に手を当てて創造力を解き放つ。
ずたずたに断ち切られた血管、神経、筋肉その全てを無理矢理縫合する。足りない部分は無事な部分を二つに枝分かれさせて繋げる。
「……よし」
右手を握って開いて、腕を上下させる。痛みは消えないが、動けば充分だった。
「匠、私の後ろを狙って!」
その場から両手を突き出して叫ぶ。
「惹かれ合う恋人達(マグネット・ラヴァーズ)!」
マリエルが湯浅の身体だけを強引に引き寄せるのと同時に、呼応した匠がマリエルの背後へ向かってヨーヨーを思いっきり放つ。これでまず背後にいるだろう一人の行動を牽制できる。
「これで終わりね」
そして引き寄せた湯浅の大きな身体を盾にして左、林の方にいるもう一人の攻撃から身を守る。ここまでで二秒。
「常緑樹の(エヴァーグリーンズ)──」
これで終わりになる筈だった。しかし、読みは全てマリエルの上をいっていた。
「っづあああっ!」
匠が悲鳴を上げて前に倒れる。支点を失ったヨーヨーが弾丸のようにマリエルの肩越しに突き抜けていき、消える。
「どうした? ゼロ距離技なら私にも出来るぞ」
湯浅に耳元で囁かれた言葉に悪寒と危機感を感じながら、マリエルは逡巡した。
あと一言で常緑樹の涙は発動できる。しかし背後にまた、強い殺気が生まれたのだ。
「くっ!」
風に乗るように高く舞い上がり逃れようとする足に、湯浅の腕が伸びる。
「何処へ行くというんだ」
下から掛かる声に焦りを感じた時には、視界が空から木々、そして地面へと駆け巡っていった。
「あぐっ!」
地面に叩きつけられた衝撃に呼吸を整える間もなく、湯浅に首を片手で掴まれる。
「どん」
落とした物を拾うような体勢で湯浅が手に力を込める。
「っ……!」
途端、巨大な岩でも落とされたかのような鈍く重い衝撃が首を中心にマリエルを襲った。半身が土にめり込む程の重圧を一瞬に受け、悲鳴を上げることも出来ない。
口から小さく血が吐き出されて、マリエルは全身の力が抜けていくのを感じた。
(こんなとこで終わるわけにはいかないん……だから……)
手を放して見下ろす湯浅を虚ろに見返しながら、精一杯意識だけは保とうとする。
「ったく……とことん、相性悪いみたいだなあ、俺達」
匠がゆっくりと立ち上がる。動かないのか、動かしたくないのか右腕をだらん、と垂らしている。更に今出来た傷だろう左太腿にも射抜かれた痕があった。
「ならいっその事……二手に別れちまおうか……?」
それはいい提案だとマリエルは思ったが、まずはこの状況をなんとかしなければならない。湯浅は匠の言葉に少しだけ振り返ったが、取るに足らないとでも思ったのかマリエルに視線を戻す。
「マリー、お前になら……出来る筈だ」
匠が言うと適当な励ましにしか聞こえないが、とにかく自力でなんとかしろ、とそう言っているようである。
「さっきの逆をやれ」
次の台詞はまったく意味が分からなかった。そうこうしているうちにも、湯浅が拳に力を込めるのが見て取れた。トドメを指すつもりなのだろう。かなり切羽詰まった状況だが、一応一回反撃する程度の力は取り戻していた。しかし外したら今度こそ終わりである。
湯浅の拳が振り下ろされる、その瞬間にマリエルは迷わず言い放つ。
「散り行く大輪の薔薇(ロスト・スプレッド・ローゼス)っ!!」
効果範囲を上方向だけに限定させた特大の爆発、という切り札であったが──
「うおおおおっっ!」
振り下ろしかけた拳を瞬時に止め、湯浅はそのまま裏拳にして振り抜いた。
次の瞬間、左手の桜の雑木林が轟音と共に炎上した。あろうことか、湯浅は人間の頭大もある赤い光を弾き飛ばしたのだった。
「そ……んな……きゃうっ!」
絶望するマリエルの脇腹に湯浅の容赦のない蹴りが入る。それから一呼吸し、今度こそトドメを刺そうと湯浅が再び拳を構える。
「<そいつを俺に預けろ>っつってんだ!!」
激痛駆け巡る身体に匠の声が届く。
ようやく、意味が理解できた。
匠の言葉に従って、今まで想像もしなかった力を練り上げていく。そして一気に構築したイメージを創造し解き放つ。
「別れ行く恋人達(リパルス・ラヴァーズ)!!」
「な……!」
さすがにこれは予想していなかったのだろう、驚愕の声と共に湯浅の身体が一気に遠ざかる。その姿は少し滑稽でもあった。
「そうだ、それでいい」
匠が親指を突き出すのが見えた。
マリエルは何とか立ち上がると、匠に押し付けた湯浅に冷たい視線を送ってから、片足を引きずりつつこの場から身を隠すように消えた。

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