9〜兵法家の寝言

「そこまでだっ!」
巨大な鉄格子に掛けられた電子ロックのパスワードを解除していた匠は、後ろから掛けられたその声に小さく舌打ちすると、手を止めて振り返った。
「匠ー・・・」
半べそで助けを求める凪。彼女は後藤に手を捻り上げられる形で捕まっていた。部下の7人はやはり後藤の横に整列している。
匠は目を覚まさない凪を置いてきた事を後悔した。
「あー使えねえなっ!おめーは!」
「だって・・・」
「とにかく、そこから離れてもらおうか」
二人の問答を遮って後藤が言った。以前とは違う、強気な口調で。
「あ?ふざけんな。人質取ったら強気か?強気なのか?ん?」
圧倒的優位に立った筈だった後藤だが、匠にはまったく通じていなかった。
懐に手を入れる匠に、7人の部下達は危機を感じたらしかった。
「隊長っ!やっぱ無理っすよう!」
「俺達じゃ逆立ちしたってこいつ、いや沖田さんには敵わないですよ〜!!」
「いつものように適当に駄目でした、とか報告しときましょうよ!」
次々に起こる、部下達の必死の講義。それでも隊列を乱さないのは、立派でもあるが滑稽だった。
「ええい!お前らはいっつもそう、言い訳ばかり考えおって!!
私達が有利なんだぞ!!」
首だけ横に向けて部下を叱る後藤。
匠は自分の倍はあるだろう年齢の大人共がうろたえている姿を見て、「無能」とぼやいた。
「ば、馬鹿にしおってー!」
「ぃいたあいっ!!」
その言葉に激昂した後藤が、凪の腕をさらにねじ上げた。
「さあ!早くそこから離れろっ!手は頭の上だ!!」
どうやら本気らしい。
言われたとおりにするのには反吐が出る思いだったが、匠はやれやれと身をすくめ、手を頭の上に乗せ鉄格子から離れた。
「よーし!それでいい。さてお前達。絶好のチャンスだ!
ここでこいつをやってしまおうか!」
「・・・」
「・・・」
「返事はあーっ!!」
「はいぃぃぃっ!!」
無理矢理言わせたような返事に満足げに顎を撫でると、
後藤は「フォーメーションDで行くぞ」と言った。
部下7人は無言で散開し、後藤を中心にわずか3秒で匠を「く」の字に囲む陣形を作り上げた。
これには匠も驚いた。
「お前ら・・・マスゲームだけは得意なんだな・・・」
「ふははははっ!優れた陣形はそれ即ち最強の兵力っ!さあ、我々の力とくと味わうがいい!!」
7人の部下達が一斉に匠に襲い掛かった。
匠は動かなかった。
自分の太腿くらいはある腕を振りかざして7人。
「こりゃあ無事じゃ済まないな・・・」
匠がぼやく。
「ふっはぁっ!残念だったな!」
スキンヘッドの1人が意気揚々と声を張り上げる。
7人の拳が匠に届くか否かーーその時。
ガスコンロの着火音を10倍凄まじくしたような音と共に、青白い光が匠を中心に発生した。
もう少しで匠に触れる筈だった7人のスキンヘッド達は、その光に声も無くくず折れた。
「へへ、ありがとな」
手の中を見つめ、匠が呟く。
「ううう、沖田!貴様何をしたーーっ!」
「ん?知りたいのか?」
問いかける後藤に匠は手を開いた。
そこには、大き目の乾電池が1つあった。
「捨ててあった奴なんだけどな」
そう言って匠は意地悪い笑みをたった1人残った後藤に向けた。
「この<がらくた>が・・・!貴様、立場が分かってないのか!?」
「立場・・・?俺が上、お前が下」
顎を突き出し、腕組みをしながら言う匠。
「この女がどうなってもいいのかと聞いている!!」
「んあああっ!!」
折れる限界まで捻り上げられたらしい凪が、涙を流しながら悲鳴を上げる。
しかし匠は、ああ、と関心なさげに吐き捨てただけだった。
「貴様、本気で折るぞ!?」
後藤の問いに、匠は意外な一言を放った。
「やれよ」
動きが止まる後藤と凪。
「別に雪さんに会わせるのに腕の1つや2つ、どうなってようと構わないしな」
「匠・・・!!」
非難と哀願、その両方が入り混じった掠れ声が、凪の口から漏れる。
しかし匠はそんな凪を無視するかのように、1人笑い出した。
地下空間に、今この場に、到底似合わない声。
「ははは・・・まあいいじゃん?お前が腕折れる時には後藤をぶっ殺してやっからさ!」
「匠、やっぱあんたは最低よ・・・」
凪はひどい裏切りにあったとでもいう様に
ーー彼女からしてみればその通りなのだがーー
怒りをあらわにして、匠にかみついた。
心外だな、匠は思った。
「いいか、1つお前らに言っておく事がある」
後藤も含め指差して、続ける。
「俺は期待されるのが大嫌いなんだ。だから期待には絶っっっ対に答えてやらねえ。
分かったか?だから、俺に何かを求めーー後藤伏せろっ!!」
突然の匠の命令に、この時後藤は何も考えずに凪を抱えてしゃがみこんだ。

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