8〜地下空間にて

「え?何、何?」
凪がその言葉を理解する暇は、与えられなかった。
鈍い音がした。
レンガの擦れる音。
匠が何かをしたーー?
いきなり、視界が闇に包まれた。と、同時に生まれた、落下の感覚。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
悲鳴が置き去りになるほどのスピードを味わいながら、凪は意識を失った。

冷たくて気持ちいい。
まどろみの終わりに凪はそう思った。
目の前に床があった。正確には天然の岩肌、だろうか。
ごつごつして、あまり寝心地よくないなー・・・。
仰向けになり上を仰ぐと、天井はずっと高いところにあった。
学校の体育館より全然高いな、凪はそう思った。
岩肌に囲まれた巨大な空間は、この世のものとは思えない静謐さと、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
左を見ると、ダストシュートのような横穴があった。
人が通れる位の大きさからして、おそらくこの横穴から落ちて来たのだろう。
凪は立ち上がると、スカートの埃をはたき落としてずれた服を直した。
「あれ・・・?」
匠がいない。奥かしら、凪は先の見えない奥へと、恐る恐る歩を進めることにした。
それにしても広い。壁には等間隔でたいまつが掛けられている為、完全な暗闇ではないものの、人工的ではないその明かりは逆に、先に潜む暗闇に対する恐怖を助長しているようである。
なんという懐古主義、匠が作ったのかしら、凪は見当たらない少年を恨んだ。
前は暗闇、左右の壁までは数百メートルはあるだろう。後ろを振り返っても横穴はもう見えない。かろうじてたいまつの明かりが浮かんでいる程度だ。
巨大な地下空間の真ん中を突っ切る凪。
「匠ーっ!」
怖くなって叫んでみた凪だが、返ってきたのは返事ではなく、自分の声の残響音だけだった。
凪は、自分が世界でただ一人取り残されたように思えてしかたなかった。こんな空間は一人ではただもてあますだけである。
「匠ー・・・」
再び名前を呼んでみたものの、もはや凪は誰でもいいから人に会いたい気持ちでいっぱいだった。
やがて前方に何かが見えてきた。
これまでにはなかったものだ。
行き止まり?匠はいるかな、凪は期待半分、不安半分で足を速めた。
「なーー」
「何か」が分かるところまで来た凪は、驚きのあまり声を失った。
端から端、そして天井に至るまで鉄格子が巡らされている。更にそれが幾重にも奥に続いているのだ。まるで、怪獣の牢屋のようである。
圧倒された凪だったが、最初の鉄格子の袂に誰かいるのを見つけると、途端に安堵感と嬉しさがこみ上げてきた。
声を掛けようとしたその時、凪の肩が叩かれた。


50代の男の顔が、そこにあった。
白髪は老いた証ではあるが、栄華を誇るかのようにしっかりと短髪に整えられている。
うっすら入った目じりのシワは、鋭い眼光を引き立たせており、口髭と合わせて近づきがたい雰囲気を作り出していた。
少女は、男の肖像に深々と黙祷を捧げた。
たった1枚の、写真。
偉大であり、そして侮蔑すべき男。
何故か今も後生大事に持ち続けている自分。
哀悼、憐憫、自虐、戒め、復讐心、未練。
これは、どれにあたるのか。
おそらく、すべてーー
彼女は広がる闇を前に、軽く口の端を上げた。

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