7〜時計塔入場

「400円になりまーす」
受付嬢の投げやりな声に千円札を1枚出し、釣りを貰いながら凪は呻いた。
「な・・・何か違う・・・」
「そうか?観光スポットだぞ。当たり前の光景・・・よっ、毎度のやっつけ仕事ごくろうさんっ」
通り過ぎ様に受付嬢に皮肉を投げかけ、匠は凪を追い越して先を歩いた。
時計塔の中は凪が想像していたより広く、2〜3人はゆうに通れる程の幅があった。
上りきった所にある大時計の歯車は圧巻・・・らしい。
「あ、ごめんなさい」
おじさんと肩がぶつかり謝る凪。それなりに人は入っているらしく結構すれ違うのだ。
このイメージとかけ離れた様相に、凪は不安を感じずにはいられなかった。
そんな凪の不安をよそに、前を行く匠は小さい子供みたく、左手をレンガの壁に擦りつけながら鼻歌混じりに階段を上っている。
「ねえ匠、本っ当にここなの・・・?」
「そーだって。いいからついてきな」
「うーん・・・」
凪にはここが姉の捕まっている場所には思えなくてしょうがなかった。
でも、手がかりがない自分は姉の事を知っている、この少年についていくしかないのだ。
うつむいて思案を巡らせながら、凪は一歩一歩踏みしめる階段を虚ろに視界に捉え続けていた。
一歩踏み出すごとに自分を取り巻く世界が変わっていくーーそんな考えを抱きながら。
馬鹿げてるーー。
凪は考える事に疲れたかのように数回瞬きし、ピントを合わせると顔を上げた。
「・・・あんた何してんのよ?」
凪が少し目を放した隙に、匠は恍惚の顔で壁に頬をすり寄せていた。
「幸せ噛み締めてんだ〜」
ものすごい速さで、凪は一歩後ろに後ずさった。
「や、やめてよ!みっともない!」
「あんだようるせえなー。この時計塔の良さがわからねえのか!?」
匠はそう言ってまた、壁に頬をこすりつけた。なんという悪癖、凪は全身を走る悪寒に身を震わせた。
「分かるわけないでしょ・・・。
それにこの時計塔、今はもう動いてないんでしょ?」
「だからいいんじゃねえか。
はー・・・。安らぐ・・・」
「・・・何でそんなにがらくたが好きなの?
とにかく!早くお姉ちゃんのとこへ連れてきなさいよっ!」
凪は吸盤でもついてるかのように壁に張り付く匠を、力任せに引っ張った。
しかし、びくともしなかった。それでも凪は何回も引っ張った。
「いっ、たい、あん、たは、何、しに、来た、のっ!!」
台詞の終わりと同時に、凪は渾身の力を込めた。
と突然、匠が力を抜いた。当然匠の身体は凪に引き寄せられ、二人は愛を語り合うカップルよろしく、密着する形となった。
「な・・・!」
突然の事に言葉を失う凪。引っ張り上げた手は、いつの間にか逆に押さえつけられていた。
時計塔の中程、いまだ続く螺旋階段。その内側の壁に追い込まれた凪。辺りに人の気配はない。
「やめてよ、最っ低ッ!!」
凪は空いた方の手で思いっきり匠を押し返そうとするが、やはり、匠の力には敵わない。
「騙したのね!!」
凪は恨めしそうに匠の顔を見上げた。
匠は何も言わず、その目に宿した鋭い眼光を凪に向けた。
ああ、やっぱりこいつはただの変質者だったんだーー
凪は諦観に目を伏せ、そして深呼吸1回、それから、決意に目を開いた。
しかし。
「静かにしろ、行くぞーー」

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送