6〜支配者亡き後・2

五十代の男の顔が、そこにあった。
白髪は老いた証ではあるが、栄華を誇るかのようにしっかりと短髪に整えられている。
うっすら入った目じりのシワは、鋭い眼光を引き立たせており、口髭と合わせて近づきがたい雰囲気を作り出していた。
桐崎は、そんな父の肖像に深々と黙祷を捧げた。
しかし、それはすべて、頭の中に思い描いた父の姿であった。写真は一枚も存在しない。
それは本人が写真を嫌っていたからだ。
けれども桐崎は、こうして父の姿を完全に思い浮かべることができた。そう、完全に。
最も愛していて、最も恐れた父。
「たった一年……か」
誰も入ってこれない自分の部屋で桐崎はそう呟くと、ゆっくりと目を開いた。
背もたれの長い木の椅子を引き寄せて、窓辺に腰を落ち着ける。出窓に肘をつき、何とはなしに見る世界は何も変わってないように見える。
庭では後藤達七人の部下がようやく出発していくところだった。
少し離れた所に、手を振って見送るユリエの姿。
日常の光景と化した場面が、今日も繰り返されている。
そう、変わってはいけない。変わらないのはいい事だ。父が30年間守り続けた日々を終わらせる訳にはいかない。でも――
「変わっていってるのだろうな」
漏らした言葉にため息を乗せ、桐崎は次いで胸中で、「胎児のよう、か」と付け加えた。
それから桐崎は携帯電話を取り出すと、窓を背に立ち上がった。
支配者亡き後に残された者がするべき事は、遺志を継ぐことである。
「もしもし、先生をお願いします。桐崎です」
父親の馴染みの人物に桐崎は初めて、自分が当主になってから初めて電話をかけた。

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