2〜不遜少年

果たして扉は開いた。
「ラッキー!」
少女はすぐさま扉を閉めると、一瞬息を止めて、それから身体中の空気をすべて出してしまうのではないかというくらい、膝に手をつき深く息を吐いた。次いで思いっきり吸う。深呼吸。
「よっし」
少女は呼吸を整えると、ようやく辺りを見回した。
狭い店内。フランス人形やら仕掛け時計やら、なかなかに骨董趣味なモノは勿論、ヨーヨーやベータビデオデッキなど、ちょっと古めかしいものまでが棚に床にと、所狭しと転がっている。狭いのはそのせいかも、と少女は思った。
 彼女は唯一足場らしきスペースを、抜き足で一歩二歩と進んだ。その時。
「ん、客か?」
若い男の声が奥から聞こえた。
「違うの、助けて!」
少女は商品で見えない奥へと、必死に呼びかけた。
「だよなぁ、客なんて来る訳ねーか。はぁ……帰れ」
男は奥から出てくることなく、彼女に向かって言い捨てた。
彼女は一瞬固まったが、せめて警察に電話して下さい、と食い下がった。しかし男は、
「あー俺は忙しいんだよ、頼むから出てってくれ」
と、取り付くシマもない。
なんなの、コイツ! 少女は腹が立ったが、今はもうここ以外に頼れる場所はない。
「ほんとに、お願いします……」
哀願するように彼女は再度、頼み込んだ。
そのしつこさに負けたのか、男はようやく顔を出した。
――何よ、私とそう変わらない歳じゃないの?
それが少女が抱いた男の第一印象だった。年齢は十七歳前後、黒髪短髪で、二重まぶた。でも眠そうだ。
案の定、男はあくびをしながらお腹を掻いた。
しかし、変な格好である。Tシャツ、黒のパンツスタイルに甚平を羽織っているとは、彼女には何とも理解しがたいモノであった。
(寝起きだから……?)
彼女はそう訝ったが、そんな事今はどうでもいい、改めて助けを求めようとした。が、
「ほら、邪魔なんだよ、買わねーんなら帰れって」
男の先制攻撃を受け、彼女はもはや二の句が告げられなかった。
ああ、私はここで奴らに捕らえられて終わるんだ……。
彼女が冷酷な男のせいで絶望に打ちひしがれたその瞬間、入り口の扉が思いっきり開け放たれた。
そこにいたのは勿論、彼女を追いかけてきたスキンヘッド達である。どんな時でも隊列を崩さないのか、今度は一列縦隊である。狭いので三人しか入れなかったが。
「沖田さん、失礼しますよ」
先頭にいたスキンヘッドがうやうやしく礼をした。
「ああ、こいつおまえらの探し物か。ったく、さっさと持ってってくれ」
沖田と呼ばれた目の前の少年は、さも迷惑だと言わんばかりに彼女を指差した。どうやらスキンヘッドと少年は知りあいらしい。
終わった――
彼女は前後を挟まれているため、逃げ場はなかった。
「さあ、来て貰おうか」
スキンヘッドに腕をがっしりと掴まれる。
彼女の瞳に知らず、涙が溢れた。
「どうして、どうして誰も助けてくれないのよ!」
そう叫んだときには、身体が動いていた。
彼女は癇癪を起こした子供のように、そこら辺に散らばっている商品を蹴り飛ばした。
「ば、馬鹿、よせ!」
スキンヘッド達が焦って彼女を止めにかかる。
「だったら放してよ!」
「わ、分かったから!」
スキンヘッドはそう言うと素直に彼女を解放した。あまりにあっさりと手を放してくれたので、彼女は意外そうにスキンヘッドを見つめた。
スキンヘッドは彼女ではなく、その奥――沖田を見つめていた。怯えた眼差しで。
「沖田さん、すいません! か、勘弁して下さいっ!」
土下座をして謝るスキンヘッド。
「――置いていけ」
「え?」
「その女をここに置いていけっつってんだ!」
さっきまで寝ぼけまなこだった沖田が、顔を怒りの色に染め、声を荒げた。
彼女は事態についていけず、両者を交互に見比べた。
かたや強そうなスキンヘッド八人、でも今は謝っている。
かたや自分と同じくらいの年の少年、でも今は怒っている。
どう、なってるのよ?
彼女の疑問は次の沖田の台詞でさらに分からなくなった。
「紬町治外法権、勿論分かってるよな?」
沖田は甚平の懐に手を入れたまま、意地悪く微笑んで見せた。
「も、勿論分かってます! でも、今回は見逃してください!」
その女を連れて帰らないと若様に何されるか――」
「へえ、じゃあ今死ぬか? ん?」
沖田は手近にあった錆びたペーパーナイフを、静かにスキンヘッドに向けた。
「わ、分かりましたっ!」
そう言うと、スキンヘッドたちは急いで整列して、一目散に退散した。

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