1〜逃走少女

追われる理由なんて分かってる。私はそこまで馬鹿じゃない。
そう思ったのはどれくらい前だったか――
もう二、三十分は走っているんじゃないか。大通りから住宅街へ、雑踏から閑静へと、町並みが視界の中でめまぐるしく変化していく。
それでも、少女は必死に走り続けていた。決意と不安が半々に入り混じった瞳で。
胸の辺りまで伸ばされた茶髪をなびかせながら、彼女は逃げ続ける。後ろを振り向くと、相手は競歩のように早歩きで追いかけてきていた。かなり速い。彼女に嫌悪感が走る。
そう、追われることそれ自体にはある程度の覚悟があったのだ。でも――
「何で一列横隊っ?」
少女は涙を浮かべながら、数十メートル後ろの相手に向かって思いっきり叫んだ。
しかし、反応は返ってこなかった。ただ黙々と早歩きで追ってくるだけだった。その数七人、横一列。総スキンヘッド、短パン、上半身ハダカにサスペンダー。もし捕まったら――
「そんな想像自主規制よ自主規制!」
少女は喚き散らし、煙を上げそうな頭を両手で抱えながら、それでも勿論足は止めなかった。
しかし、どうして誰も助けてくれないんだろう?そんな疑問が彼女の頭に浮かんだ。この辺りは住宅街であまり人通りがないとはいえ、それでも何人かはすれ違ったのだ。これだけ騒いでいるのだ、相手の姿が異様で関わりたくないとしても、警察に通報くらいしてくれてもいいのではないか?
そういえば誰も見向きもしなかった気がする、と少女は思った。
何にせよ、このままではまずい。どこかへ駆け込もう。
彼女はそう思い立つと、周りに視線を巡らせた。民家は危険だ。留守だと逃げ場がない。店だ。少女はそう判断すると、汗で額にへばりついた髪の毛を乱暴にかきあげた。
コンビニすらなさそうな住宅街の中で、彼女は店を探し再び走り始めた。秋の入り口朝っぱらで少し肌寒いといっても、延々と走っていれば暑い。
彼女は走りながら白いパーカーを脱ぎ、オレンジ色のキャミソール一枚になる。くっそぅ、スカートとか厚底スニーカーなんてやめときゃ良かった!
彼女はパーカーを小脇に抱えながら、呟いた。そんなことは後の祭りなのだが、幸運なことに彼女の視界に看板が飛び込んできた。
「アトリエ・沖田」
できればスーパーとかコンビニが良かったが、この際文句は言ってられない。
腕時計を横目で見る。九時十二分。開いてるか……?
とりあえず行ってみないと分からない、彼女は思いっきり扉を押した。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送