31〜終わらぬ夢

久しぶりに昔の自分を思い出して匠は苛立った。ピエトロ君は大好きだが、自分の過去など思い出したくもなかった。あんなモノの本質を見抜けない奴らに馬鹿にされた事もそうだが、何より弱かった自分を思い出してしまった事に腹が立つ。もう自分は求めるモノに手が届くところまで来ているのだ、立ち止まるなど、過去を振り返る事など、している場合じゃない。
と、思い出したように激痛が腹部から広がった。いや、思い出したのではない。
(ちっ──俺は……気を失っていたのか……)
指1本動かさずに、目はつぶったままで気配を探る。用心深くてしつこい湯浅の事だ、絶対にとどめを刺しに来るだろう、そう考えての事である。幸いにもまだ動く体力は残っている。ここでしくじる訳にはいかなかった。
足音こそしないものの、確実に湯浅が近づいてくるのが分かった。
ゆっくり、確実に仕留める為の間合いを計りつつ近づいてくる。
左手に鋏があるのを確認する。
間合いに、湯浅が入った。
拳が迫る瞬間、虚脱感に襲われつつある腹筋に鞭打って上体を起こすと同時に鋏を一閃させる。
「やはりな──」
と湯浅は拳を鋏の間合いギリギリのところで止めた。それに合わせて本命はこっちだ、とでも言うように由香里のライフルが重い銃声を響かせる。
予想通りだ──匠は口の端を持ち上げる。銃弾は匠に迫る直前で、鋏の起こした空間の断裂によって掻き消された。
「な……んだとっ!?」
「処刑開始だ!」
湯浅が怯んだその隙を見逃さず、気力を振り絞って鋏でそこらじゅうを切りまくる。
「だららららららあ───っ!!」
空間の断裂による歪みが、まるで水面に広がる波紋のように次々と景色を不透明にし、湯浅達との間に僅かな時間だがブラインドを作り上げた。
「気をつけろ九条っ!!」
見えない向こう側で上がる警戒の声。この一瞬で充分だった。
匠は湯浅達に背を向けると、出入口へと駆け出した。
悔しくて悔しくてしょうがなかったが、自分の置かれた状況を見誤るほど匠は愚かではなかった。
湯浅達の視界がまともに戻った時には、匠は既に時計塔から姿を消していた。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送