29〜先見のさえずり

由香里の両ふくらはぎを横切る形で空間に歪みが走る。
「んあああっ!!」
歪みが消えると同時に、由香里の両ふくらはぎから血が噴き出した。ざっくりと開いた傷口は溢れ出る血液の奥に白い物を覗かせた。由香里は膝をつきながらもデリンジャーを放ったが、匠は難なくそれを避けると両手でそれぞれデリンジャーを払い除けてしゃがみこんだ。
「さて、死んでくれ」
確実に仕留めるよう、匠は由香里の首に鋏の刃を押し付けた。あとは指に少し力を加えるだけで首は胴体と別れを告げる事になる。由香里はしかし、こんな窮地に立たされても恐怖に顔を歪ませたりはしなかった。
何か、腿の辺りで引っ張る動作をする由香里。
「うぉっ!?」
釘のような楔のような、細長い金属が由香里の腿から突如射出されるのを匠は超越的な反射神経で飛び退いた。
まだ隠し玉を持っていたとは──しかも自分が膝をつく事を予想しての暗器である。
幸い全て避けたが、由香里が計算高い事は十分に理解できた。近づきすぎるのは危険である。
「用意周到だねー由香里ってば」
「ええ……先を読むのが私の仕事ですから」
「じゃああきらめろよ! もうお前は死ぬんだから!!」
「ですから、先を読んで私はこうしたんです。分かりますか……沖田匠君? それとも分かりませんか。頭までがらくたなんですか、あなた」
この期に及んで何を、と苛立つ匠。数歩離れはしたがこの距離は充分に鋏の射程範囲内である。
「ああもーうぜえ」
と匠が鋏を縦に構えて切るよりも速く、由香里は懐からまだ隠し持っていた銃を抜きざまに、しかも見もせずにあらぬ方向へと撃った。
「はあ?」
「私達の勝ちです、がらくた」
勝ち誇った顔で初めて笑みを浮かべる由香里から、銃弾の行方へと視線を投じた匠の目に、信じられない光景が飛び込んできた。湯浅がほんの10メートル程の場所まで迫っていたのだ。確かに致命傷は与えていなかったが、それでも斜めに大きく切り開かれたトレンチコートに血が滲む程の傷ではあるのだ。そんな状態で気配を完全に絶って近づくなど、完全に匠の計算範囲外の出来事だった。
(こいつ──どこまで強靭な身体してやがるんだ──)
そう思った時には湯浅が右拳で思い切り突きを繰り出していた。
匠の斬撃をも跳ね返した指輪に当てられた銃弾が、更に威力とスピードを増して弾き返され、匠の腹を貫いた。
「がぁっ!!」
今までに感じた事もない程の激しい痛みと熱が、腹を中心に全身に駆け巡る。右手に受けた銃弾とは比べ物にならない威力だった。
本当なら右手のライフルの傷の方が酷い筈なのに、である。それなのに、ライフルに比べて圧倒的に威力の低い片手銃でこの破壊力なのは、湯浅の突きでの跳弾、更にはその突きに捻りが加えられていたからなのだろう。
「私はいつでも、追跡無人<ワーカーホリック>に共鳴するから、共鳴者<カナリヤ>って言うんですよ、がらくた」
仰向けに倒れた匠に向かってそう呟くと、由香里はゆっくりと立ち上がって、足に刺激を与えないようすり足で歩きながら湯浅に近づいた。
「御苦労だ、九条。足は大丈夫か?」
「まともに歩くのは……無理ですね」
「そうか。この先はどうだ? 戦えるか?」
「今みたいな接近戦ではなく本来の狙撃、というのでしたら……クロナゼパムを服用すれば大丈夫、でしょう」
「そうか。では止血をして少し休んでおけ。俺はこの間にがらくたを始末する」

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