28〜匠vs由香里

吹っ飛ばされている最中では避けられる筈もなく、肩口から脇腹へと袈斬りのように空間ごと切り裂かれる湯浅。遠かった為致命傷には至らなかったが、匠の目的は達成された。
「うおおおっ! 痛えっ!!」
ピエトロ君のように垂れた右腕を押さえながら、今更のように匠は喚いた。しかし今はまだ安心できる状態ではない。遠くに倒れた湯浅を睨みつけつつ空いた扉を潜り抜け、匠は再び走り始めた。
幾十もの鉄格子を抜けると、あとは出口まで広大な空間を一直線に行くだけ、障害となるものは共鳴者の弾丸だけである。後ろを振り返っている余裕はなかったが、気配も間近には感じない。湯浅は振り切れたようである。
出口付近の松明がぼんやりと闇に浮かび上がる程の距離まで来ると、匠は出口の横に人影を見つけた。真横の松明の明かりで隠れているつもりなのかもしれなかったが、視力のいい匠には通用しない。
まっすぐにその人影──共鳴者に向かって走り続けると、共鳴者は身体を僅かに動かした。匠はそれに合わせて首を少し傾ける。
匠の首があった場所を弾丸が通り抜ける。それを見て人影は少し驚いたようだった。やはり見えているとは思っていなかったようである。
「覚悟はいいですかあ!?」
と次を撃たせる前に匠は共鳴者に切りかかった。
遠くから見て分かっていたのだろう、決して受けようとはせずに横に飛び退く共鳴者。遅れて空間に亀裂が走る。
前転してすぐさま匠に向けてライフルを構え直す共鳴者だったが、匠が動かないのを見て、スーツの埃をはたきながら立ち上がった。
「攻撃しないんですか?」
「さあ? あんた次第だ」
「湯浅先輩を退けるなんて、<がらくた>なんて御伽話かと思ってましたが……」
「外の人間にしちゃあよくやる方だけどな。それにあんたの精密射撃、タフな軍人さんかと思ってたら女だったとはね。やるじゃんか」
「それはどうも。私、九条由香里と申します」
「あっそう。ところでさ、あんたどっちがいいよ? ここで死ぬのと奇跡のショウを拝むの」
匠の質問に共鳴者・由香里はライフルを背中からスーツの下にしまい、手ぶらになってから首を横に振った。
「それは……どっちもごめんですね。私も仕事で来てますから。こんな綺麗な町、観光で来たかったけれど……ま、しょうがないですね」
そう言っている割にはまったく残念そうでない由香里。意外と食えないタイプだ、と匠は苦笑する。
その苦笑いが癇に障ったのか、由香里は眉間にしわを寄せた。
「本当ですよ? 本当に綺麗な町だって思ってるんです。札幌よりも遥かに大きくて古めかしい時計塔、この地下空間。更に糸紬丘とかいう風光明媚な場所もあるそうじゃないですか。あなたのような存在がいなかったら、私は観光に時間を費やすことでしょう。あなたがこの町にとってどれほど害悪か──考えた事はないんですか?」
そう一気にまくし立てて、手の平を匠に向ける由香里。匠はそんな由香里の糾弾に悪びれるどころか、更に笑い声を上げた。
「何が──可笑しいんですか」
由香里は決して激昂はしなかったが、その瞳は明らかに怒りに満ちていた。
「いやね、外の人間のあんたに何が分かるのかって思ってさー。ひひひ、そりゃあ俺が正義か悪かって聞かれたら間違いなく悪だろうけどさー、でもな」
鋏を由香里にまっすぐと向ける。
「必要悪だ」
「……思い上がりも甚だしいですね。いったいあなたの何がこの町にとって必要とされてるんです?」
「この町が変わろうとしている。それを見届ける為に俺はいる」
「それが思い上がりだと言うんです。聞けば<奇跡>とは生態系を狂わせる現象の事だそうじゃないですか。それを支援する側に回っておいて必要悪だと、あなたはそう言うんですね? そんな事を雄弁に語るなんて露悪趣味以外の何でもないですよ。……気持ち悪いです、消えてください」
由香里がスーツの両袖口から1丁ずつ、小型の拳銃──デリンジャーを出した。それを匠の頭と足を狙うように上下に構える。
「残念、由香里の事は結構気に入ったんだけどね」
匠も鋏を顔の前に持って来る。いつでも繰り出せる姿勢である。
「下の名前で呼ばれる程仲良くなったつもりはありません。止めて下さい」
その台詞が開始の合図となった。ためらいなく2発同時に放つ由香里。その弾は正確に匠の額と右大腿に迫るが、ライフルの弾すらかわせる匠にとっては避ける事など呼吸をするのと同じくらい、自然で簡単な事だった。
「本気出せよ、もっとさあ!」
身体を半回転させて鋏を振るう匠。由香里はしゃがんでそれをかわし、すくうように下から弾丸を放った。挑発には乗らずあくまで冷静に、表情一つ変えずに。
「おっと」
上体を反らして避けると、匠は下卑た笑顔で口を大きく開けながら、目の前の由香里に左手を突き出して見せた。握っていた筈の鋏はそこになかった。
「え……?」
さすがに冷静な表情を崩す由香里。
「ここだよっ」
匠は左手を由香里の後ろに伸ばすと、<落ちてきた>鋏に器用に親指と人差し指を入れて、由香里の足に向かって<切り込み>を入れた。

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