27〜挟撃、更に鉄柵

湯浅は淡々と、隠す事もなくもう1人の存在を明らかにした。絶対的に優位に立ったからではない。匠相手に敵は自分1人だという嘘は通用しないと踏んだのだろう。狙撃手の存在を明かす事はまったくの愚行だが、逆に明かしてもなんら支障がなく、そしてそれだけ信頼している、つまりは相当の使い手だと言えた。
「遠いな……入り口まで1.5キロ、無数の鉄格子を縫う精密射撃……ね」
頭の中で計算機を弾く。答えはすぐに出た。
きびすを返したった一つの出入口へと走り出す匠。叩くは狙撃手の方である。幾十にも連なる巨大鉄格子、背後から迫り来る追跡無人、そして視界の遥か先から襲い来る共鳴者の弾丸。命を懸けた障害物競走の始まりだった。
鉄格子の扉は規則性はなく、右隅に設置されていたり左隅に設置されていたりするので、
たった1.5キロといっても出入口までに踏破しなければならない距離は実質その倍近くに達する。
長距離から、動く相手を正確に撃ち抜ける腕を持った狙撃手の元まで辿り着くのは、さすがの匠でも困難だった。
「うをっ!」
背後をぴったりと着いてくる湯浅からの容赦ない蹴りを半身をずらしてかわす。一旦動きを止められてしまったついでに、そのままカウンター気味に後ろ回し蹴りを放つ。が、それも両腕をしっかりと固めた湯浅には通じなかった。
ならば、ととっさに蹴りつけたその足を45度回転、再び振り上げて踵落しをお見舞いする。
「甘いな」
「そうでもねえよっ!」
見切って両腕を交差させて頭上に持ってくる湯浅に、しかし匠は不敵に笑みを零すと落とした足を使い、湯浅の両腕を踏み台にして駆け上がった。踵落しは囮だったのだ。
湯浅の真上で1回転し鋏を逆手で振り下ろす匠。
と、そこで匠は背筋に悪寒が走るのを感じて、空中であるにもかかわらず身をひねった。
頬を掠める一瞬の風。
かろうじて共鳴者の弾丸を避ける。が、無理な体勢になってしまい下で待ち受ける湯浅の攻撃をかわすことは出来なかった。
もう落ちることしか出来ない匠の脇腹に拳がめり込む。
「んぐおぉっ!!」
衝撃の瞬間に回転まで加えられた、文句のない突きだった。内臓が捻られる鋭い痛みと拳そのものの鈍い痛みが一緒になって身体を突き抜け、匠は数メートル程真横に吹き飛ばされた。あのまま地面に落ちていれば頭をしたたかに打っただろうが、それでも今のこの一撃に比べれば随分とましだったに違いない。
「っくしょお……!」
床を転がり呻きが勝手に上がる。このままもう少し転がっていたかったが、勿論そんな事をさせてくれるわけもなく、詰め寄ってきた湯浅の次の蹴りを腕の力だけで飛び上がって避けると、匠は再び共鳴者の元へと走り出す。幸いにも次の鉄格子の扉は目の前だった。
「あーっ! むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくっ!!」
脇腹に手を当てながら3つ4つと鉄格子をくぐり抜けて、ひたすら出口を目指す。脂汗を流し、呼吸が不自然に、強引に、不正に止められるのに耐えるが、その度に心臓が締め上げられるような感覚に襲われる。早く共鳴者<カナリヤ>を倒さないと、地を這う羽目になるのは匠の方だろう。
1人ずつなら、と歯を強く軋ませる。
「もう倒れたまえ」
脇腹のダメージのせいだろう、余裕の表情で湯浅に横に並ばれ、舌打ちをしながら匠は飛び退いた。
また立ち止まらざるを得なくなった。しかも湯浅に扉の前に立たれてしまい、今度は逃げる事は出来なそうだった。
それでも最初に相手にするのは湯浅であってはならない、と匠の脳はそう告げていた。もう2度も失敗しているのだ、ここは何とかして通り抜ける他なかった。
踵を鳴らして、湯浅は初めて腕を上げ構えた。ここで終わらせるつもりだろう。
ゆっくりと湯浅の周りを囲むように歩き、飛び掛るチャンスを窺う。しかし間合いに踏み込まない限り動かないつもりなのだろう相手に隙が生まれるわけもない。
結局は前に進むしかないんだな、と匠は覚悟を決め、鋏をちゃきちゃき、と噛み合わせた。
それから痛みを止めるかのように大きく息を吐き、一拍で湯浅の間合いに入り込む。
湯浅が僅かに腰を落として貫手で喉を狙って来る。それを空手の右で捌くと同時に匠はその伸びきった腕に触れもせず、左の鋏で空中を斬った。
危険を感じたのだろう、超人的な反応で湯浅が腕を引っ込めた直後、腕のあった場所が縦に一筋揺らいだかと思うと、ぶつっ、と木の根が切れるような音と共にその一筋の線を境に一瞬景色が<ずれた>。
「ちっ!」
今の攻撃を避けられるとは思っていなかった匠は、鋏を指で一回転させつつ飛びのいた。が、湯浅は自分の腕が無くなるところだったというのに怯む事なく床を蹴って間合いを詰めてきた。
「空間の断裂なんて事も出来るとはな」
右腕を取られる。そのまま捻りあげられ背中でがっちりと固定される。
「くそっ……!」
徐々に右腕を引き上げていく湯浅。ぎりぎりと骨が軋んでいく。
このままではあと数センチで右肩が脱臼してしまうだろう。
「とりあえず腕を1本貰うぞ」
「くそ──こんなのはイヤだ……!」
「意外だな。怖いのか」
「──なんてね」
迷う事無く匠は身体を沈めた。右腕を固められた状態でそんな事をすればどうなるか──匠の内部にだけ鮮明に響き渡る、ごきり、という鈍く重い関節の抜ける音。
「う……ぉおおおっ!」
脱臼させた右肩を軸に1回転、ロンドのようにその下を潜り抜ける。さすがに腕1本ためらいなく犠牲にするとは思っていなかった湯浅はわずかに反応が遅れ、腹部に強烈な蹴りをくらうはめになった。その反動で掴まれていた腕は放れ、匠は瞬時に左手を突き出す。そして鋏を一切り。
「ぐ……っんぁ!」

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