26〜カナリヤの共鳴

凪にとってはそれこそ衝撃の事実だろうが、匠にとっては時間の無駄でしかなかった。凪が声を上げて泣いているのを遠目に見つつ、よく泣く女だ、とぼやく。
「なあもういいだろ? 早くしないと奇跡のショウに遅れちまう」
「そうだ湯浅。それに一度欠落巫女になったら戻らないぞ」
「まあ黙って聞け桐崎、そしてがらくた。これから、これからが肝心なんだ」
と湯浅は凪の額に指を突きつけた。
「そう、君だ」
突然の指名に泣き腫らしの顔を向ける凪。
「お姉さんを元に戻したいんだろう?」
湯浅の力強い念押しに、凪は無言で首肯する。
「じゃあ君が代わりになればいい」
「ちょっと待て湯浅、いくら同じ血が流れているといっても……欠落巫女の資質は受け継がれないぞ」
桐崎が長い息と共に言葉を吐き出した。
「それは知っている。これはまったくの偶然だが──春日凪にも姉と同様、欠落巫女の資質が備わっているんだ。確認済みだ。政府の情報網を甘く見るな」
「という事は……」
桐崎に知らず笑みが生まれた。湯浅はああ、と一言だけ返事をする。
「欠落巫女はまだ存在できるって事だ。春日凪、分かったな? お姉さんを助けたかったらどうすればいいか」
「私がお姉ちゃんから、欠落巫女の役割を引き継げば、いいんでしょ?」
「上出来だ。君が力を失ったお姉さんから五感を失う事を引き継げば、お姉さんは解放される」
「そっか……お姉ちゃんが人形のようだったのは欠落巫女のせいなのね……」
「そうだ。……覚悟が鈍るか?」
「別に……」
ただ、と凪が言いかけたところで、緩慢とした拍手が起こった。
匠だった。
「すげー、すげーよそんな真実。まさかまだそんな、あなたの知らない世界みたいなもんが残ってるなんてな。で、それを俺が許すと思うのか?」
拍手を止め一歩踏み出したかと思うと、次の瞬間には匠は一足飛びで湯浅に斬りかかっていた。ペーパーナイフを取り出す瞬間すら見せない早業だった。
「いくぞ、ペルシャちゃん!」
ペルシャと名付けたナイフで縦に斬り上げると、触れてもいない床が数メートルに渡って破片を撒き散らしながら断裂していく。
湯浅は凪の腕を引っ張って軽く横に動いてそれをかわす。
「桐崎、この娘はまかせるぞ」
そう言うや否や、湯浅は断裂に遅れて飛び掛ってきた匠の次の斬撃を拳で受け止めた。
「やるじゃねえか」
「所詮ガキのがらくた遊びだからな」
「ってめえ……!」
一撃が石の床をえぐる程の威力の斬撃が、ことごとく湯浅の右拳に弾かれてしまう。どうやら人差し指の青い指輪がその正体らしい。
「あまり俺をなめんな!」
左からの袈裟斬りで一瞬隠れる左手で匠は懐からヨーヨーを取り出すと、そのままの手の振りで湯浅の腹部めがけて放つ。さすがに同時に二つは捌けずに、がら空きになった腹にヨーヨーがめり込む。鉄球でも当たったんじゃないかという大きな鈍い音を響かせ、湯浅の身体が数十メートル離れた母胎門へと叩きつけられる。
「はっはあー、ヨウちゃんの力思い知ったかあー!」
巻き戻したヨーヨーをキャッチして匠が舌を出す。人間の身体が吹き飛ぶ程の衝撃を与えたのだ、立ち上がれる筈がないと匠は思っていたのだが、湯浅は何事もなかったように立ち上がった。
「随分と頑丈なんだな……ビックリ人間が」
「打たれ強さには自信があるんだよ」
埃をはたきながら湯浅が言う。どうやら武器の選択を誤ったようである。
それならば、と匠はヨーヨーの代わりに鋏を取り出した。左手に右利き用の切れない鋏を。
「この子の力、味わってみるか? ズガ・コウサクってゆーんだ」
匠の不敵な笑みに湯浅は人差し指を軽く上げ、来い来い、と動かす。2つの攻撃を避けられなかった割には随分と余裕なようだ。それが匠にはひどく気に入らなかった。
「おーっし、バラバラにされても文句言うなよ!!」
再び匠は飛び掛る──のはフェイントで、少し前に着地するとサイドステップで素早く回り込みペーパーナイフをまず一閃させる。
再び断裂が湯浅を襲う。見えない斬撃を指輪で受け止めるのに合わせて、懐に潜り込みアッパーの要領で鋏を突き上げる。
とっさに首を後ろに逸らし、かろうじて湯浅が避ける。しかし、その時にはもう匠の右手は湯浅の死角から首筋めがけて襲い掛かろうとしていた。
これで終わりだ──
匠が勝ちを確信したその時、突きたてようとした右手が何か強烈な力で弾かれた。衝撃で手が無理矢理開かれ、ペーパーナイフは遠くへ飛んでいった。
「何を──ってえっ!!」
遅れてやってきた激痛に右手を見ると、手の真ん中に風穴が開いていた。
血が溢れる右手を左手で押さえながら、危険を感じて飛び退く。何なんだ、いったい。湯浅が不可視の力で何かしたのか?
いや違う、と匠は即座に否定した。明らかに手の甲の方から穴を開けられたのだ。それはつまり、後ろに誰かいるという事だった。
振り向いて確認する。離れた所に桐崎、凪、雪がいたが、こちらを向いてすらいない。
どうやら何かを話し込んでいるようだった。それに位置的にも有り得ない。
「誰だ……」
「私の優秀な部下、狙撃の九条由香里。一応こう呼ばれているよ。──共鳴者<カナリヤ>とね」

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