25〜後日談の後に

真実を目の当たりにした3人が目の前で呆然としているのを満足気に眺めて、匠はほくそえんだ。自分の求める最高の世界を必要としない者達を観客に迎えるというのは、悪くない気分だ。
懐から壊れかけた懐中時計を取り出す。肝心の短針がない1時間時計だったが、使い慣れているので別段困らない。今は朝の7時16分。
「もうすぐ開場時間だ」
そう言いながら匠はマリエルを思い浮かべた。奇跡の生誕にこんなに見届け人を連れて行くなんて、全身を異彩の赤で埋め尽くしたあの魔女は怒るだろう、きっと。
またくすり、と笑みが零れる。
凪と彼女に支えられている雪、そして桐崎。3人がこちらへ歩み寄ってくるのを確認して、匠は背を向け出口へと歩き出した。
「まだ奇跡は止められるぞ」
と、その背中に声が掛かる。くぐもった低音。バスよりも更に低い男声音域があったなら、間違いなくそこにカテゴライズされるだろう声。こんな声、知り得る人物の中に該当しない。それに<たった一つの>出口は今自分が向いている。
「お前……誰だ?」
いつでも戦えるようじんべえの中で武器を握りながら、振り向く。
やはりまったく知らない人物だった。しかし、桐崎だけは面識があるようだった。それでも彼にとっても予想外だったらしく、驚いていたが。
「湯浅……どうしてここに……?」
湯浅と呼ばれたトレンチコートの男は桐崎達の更に奥、母胎門に寄り掛かってこちらを伺っていた。
「だから誰だよ」
苛立つ匠を無視して湯浅は口を開いた。
「後藤から連絡があった。紬町の危機だってな。だから俺はここにいるわけだ」
なるほどな……、と桐崎が頷く。
「さて、初めましてだ、沖田匠、いやがらくた。いいかな? 私の用件は2分で済む」
「あー? 駄目に決まってんだろ。こっちは時間がねーんだ」
匠の反応が予想通りだったらしく、露骨な溜め息を吐き捨てる湯浅。
「ってめー喧嘩売ってんだろ!」
「いやいや、そんな事はないよ。じゃあがらくた、こういうのはどうだ?」
湯浅は門前の印を踏み越えて桐崎達の方へと近づくと、凪の手を取った。
「な、何するんですか……!」
嫌がる凪をしかし放そうとはせず、湯浅は暴れる凪の横で静かに匠へと口を開いた。
「解答編でも後日談でも語られる事のない、隠された真実っての聞いてみたくはないか?」
「へえ、いいじゃんか。話してみろよ」
マリエルと自分以外の者がこれ以上何を知っているというのか。そんなものある筈はない。だが、どんな内容を更なる真実として語るのか、興味が沸いたのだった。
「そうか、では語らせて貰おう。春日凪、お姉さんの五感を取り戻したくはないかね?」
湯浅の言葉に暴れていた凪の動きが止まった。一瞬の静寂に遅れて、髪の毛がふわりと戻る。
「元に……元に戻るんですか? お姉ちゃんの声がまた聞けるんですか?」
「ああ、欠落巫女になっているせいで五感が閉ざされているんだ。なら欠落巫女の任から解放してやればいい」
雪を元に戻せるという事らしい。匠にとってそれは初めて知った事実だが、その程度では母胎門ががらくたである、という事実を上回る衝撃ではなかった。どうでもいい事実。あと1手でチェックメイトだというのに長考されるような苛立ちさえ覚える。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送