23〜無言劇解答編

鬱血している眼で凪を睨みつけると、再び視線を雪に戻した。
「早くしろ雪……もう時間がないんだ。今ならまだ間に合う」
「ぅぅ……ぅぁ……」
必死に首を横に振り続ける雪を見て、桐崎は小さく舌打ちをし雪の顎を引き寄せた。
「いいかげんにしないか──お前は何を夢見て桐崎家に来た? まずは使命を果たせ、愚か者が」
言うだけ言うと桐崎は引き寄せた顎を乱暴に払いのけた。
凪はもう我慢の限界だった。静かに桐崎に歩み寄り後ろから肩を掴むと、強引に振り向かせ渾身の力でもって握り拳を包帯まみれの顔に叩き込んだ。
「あんた最低よ。お姉ちゃんこんな身体になっちゃったのになんで心配してあげないの!? 今この町がどんなにやばいか知んないけど優しさ一つ伝えるのがそんなに時間が掛かるもんなの? たった一言でいいんだよ? いや言葉なんかいらない、
頭をそっと撫でるだけでもいいよ。なんでそれすらしてあげないの!? あんたの声には反応したんだよ? 私なんて、私なんて反応一つして貰えなかったんだから……!」
こんなにも想っている自分の声は届かず、物のようにしか見ていない男の声は届く現実があまりにも惨めでならなかった。桐崎のスーツの襟を掴んで締め上げている内に、凪の目には大粒の涙が溢れてきた。
桐崎はそんな凪に侮蔑の眼差しを向けると、何も言わず押しのけ、また雪を引きずっていった。
「おーおー修羅場ですなー」
突然の匠の声に後ろを振り向く──間もなく、肩を抱かれる凪。いつもの冷やかした口調が場違いすぎて反応できずにいると、匠は一言つまんねー、と吐き捨てて一歩前へ出た。
「あーあー折角マリーが最善を尽くしたってゆーのに、生きてるたーな。へへへ、ドクター・キリコの失敗って感じか」
一人意味不明の事を言ってはにやける匠。
「今更何をしに来た? がらくたが。マリエルの前から逃げ出した時点で、お前はこの戦いに参加する資格は失ったのだ。去れ……勝手気ままな道化が」
「逃げるう? この俺が? 馬鹿かお前は。お前らのくだらない思想に付き合っていられなくなっただけだ。悟ったんだ──奇跡の果てにこそ俺の求めるものがあるってな」
「マリエル側についた、とそういう訳か。なるほどな。まあいい、お前を味方だと思った事はないから何も変わりはしないさ」
桐崎は雪を重い荷物のように床に放ると、肥後守を2つ取り出した。
「で、ここに来たという事は、欠落巫女の封印作業を妨害する為なのだろう? いいだろう、今回で終わらせてやる……私とお前の因縁をな」
桐崎が肥後守を匠の左右、何もない空間に向かって同時に放った。2つの肥後守は匠を挟んだ状態で全ての力の作用を無視して静止する。それは主の命令を待つ猟犬を想起させた。
匠はというと、じんべえの中で腕を組んだまま薄笑いを浮かべているだけだった。
「円の蟷螂」
桐崎が言葉を発した時には、2つの肥後守は噛み合う鋏のように匠に襲い掛かっていた。傍観していた凪の目には動き出した鋏の軌道など速すぎて目で追えるものではなかった。
次の瞬間凪が見たのは、片手でそれぞれの鋏を掴んでいた匠と、痙攣を起こして倒れる桐崎の姿だった。
聞き覚えのある放電の音と、焦げ臭い匂いで凪は何が起こったのかを理解する。以前この場所で後藤の部下達にしたように、乾電池か何かのがらくたを使って掴んだ肥後守越しに電気をお見舞いしたのだ。
「甘え甘え甘え甘え、甘すぎるっ! 外国産のチョコレートかっての。ったく、1人で勝手に俺の用件誤解して攻撃してきやがって。おら桐崎、電力省エネにしといてやったから起き上がれコラ」
包帯だらけの桐崎に容赦ない、と凪は思ったがどうやら少しは手加減してたようだった。匠が投げ返した肥後守が床に落ちた音で桐崎は意識を取り戻したようだった。ゆっくりと立ち上がる。
「どういう、事だ……奇跡が見たかったら、欠落巫女は邪魔な筈だろう……」
「欠落巫女の力が雪さんにあれば、な」
「何を……言ってるんだ、お前は……?」
「まんま言ってるんだけどな。信じられないか。そりゃそーだよな。よし、俺がこの茶番劇の解答編を語ってあげよう。犯人はこの中の誰かだっ!! ってか」

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