22〜拒絶反応

頭と頭の天辺を合わせて、そこを支点に放射状に仰向けに寝転がる──凪は雪とつかず離れずの距離を保って、天井を見上げていた。天井は空ほど遥か遠い訳でもなく、かといって手が届くほど近い訳でもない。
曖昧模糊とした距離感。例えばそれは磨りガラス越しに相対するような、無数の泡の奥に手を伸ばすような、又は頭を軽く触れさせるだけのような──そんな不透明感である。
話しかける事もせず、ただ存在だけを感じようと凪は眠りと仰ぎを繰り返していた。
少し離れたところに転がっている腕時計は凪が投げ捨てたものだった。この町に来て2日以上が過ぎただろうが、汚れた服──特に白いパーカーがひどかった──がもう何日も山林を彷徨ったかのようで、ざらついた感触を時折凪にもたらしていた。
「あ……桐崎さん」
二人だけの世界を突如壊した<侵入者>にさして驚く事もなく、凪は近づいてきた支配者にして姉の婚約者を迎えた。
「死ななかったんですね」
顔全体、そして上品なスーツの下から見える部分全てが包帯で巻かれていた桐崎を一瞥すると、凪は上体を起こし雪に近寄り、頭を守るように抱いて撫でた。
「君も無事だったか……」
「無事……と言うんですか、これは」
「欠落巫女だからな」
皮肉気な言葉をかわしながら、桐崎が一歩一歩痛みを堪えつつ近づいてくる。凪は雪を抱いたまま背を向けた。
「雪……私だ、若だ。雪、返事をしなさい」
「無駄ですよ。お姉ちゃんには誰の声も届かない。耳も目も口も動かないもの」
桐崎はしかし、背中越しの凪の言葉には耳を傾けずに雪の名を呼び続けた。
「雪──雪っ!!」
と、僅かに指先が動いたかと思うと、小さく掠れた呻き声を上げながら凪の腕の中で雪が暴れだした。
「お姉ちゃん!」
「ぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ」
雪は凪を振りほどこうとしているらしかった。とはいっても正常な人間の動きに比べれば遥かに弱々しく緩慢としていたので、凪の手から逃れる事は出来なかったが。
「お姉ちゃん、私だよ、凪だよ。お姉ちゃん、ねえお姉ちゃんったらあっ!!」
「ぅぅぁぁ……」
声こそ出しているものの、それが自分に向けられている訳ではない事は分かっていた。雪の手は明らかに桐崎に向けられていたからである。
「雪、随分と会いに来れなくて悪かったな……」
桐崎が伸ばす手を手探りで掴む雪。
凪は、抱いていた手を離し雪を解放した。好きな物を独り占め出来る時間は過ぎ去ったのだ。何より姉が選んだ幸せなのだから。
「雪、さあ欠落巫女として最後の仕事だ。もうじき訪れるだろう奇跡を、母体門を封じなさい」
手を引いて──というよりは半ば引きずるように桐崎は雪を母体門の真下、封印の為の<印>の方へと促した。再会に抱きしめるでも優しい言葉を投げかけるでもなく、婚約者である筈の男は妻になるだろう筈の女をただの道具のように扱うのだった。
幾何学模様で彩られた、一個の確立した美術品じみた紋様の<印>を前にゆっくりと首を横に振る雪。
「来なさい雪。これで終わりだから」
「ぁぁ……ぁぁ……」
姉の呻きをはっきりと理解したわけではないが、何を言いたいのか、凪は分かった気がした。
「桐崎さん、もうやめて下さい!」
凪は桐崎の腕に掴まり雪を引き剥がそうとした。しかし桐崎はいつもの紳士的な振る舞いなど欠片も見せずに凪を突き飛ばした。知らず息が荒くなる桐崎。

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