18〜消えた標的

なかなかどうして上手くいかないものだ、と思いながら湯浅は丸椅子に座った。病室だというのにお構いなしに煙草に火をつける。目の前には、空っぽになったベッド。つい先程まで使われていたらしく、シーツにはまだ温もりが残っていた。どうやら桐崎若の事を過小評価しすぎたらしい。
「どの部屋にもやっぱりいませんね」
隣の部屋から戻ってきた由香里が明かりをつけると、室内がまったく汚れのない白で統一されている事が分かった。ベッドから調度品まで、全てが細部まで白で染まっている。
「いつの間に……後藤達も知らなかったようだしな」
「どんな人物なんですか? その桐崎って人は」
離れた位置で立ったまま由香里が聞いてくる。湯浅は少し考えてから口を開いた。
「支配できない支配者──ま、要するに無能だな」
「彼の仇討ちじゃありませんでしたっけ? 当初の予定は」
「表向きだ、それは。<俺みたい>な能力者がごろごろしてるこの町を、今までは閉鎖状態にして桐崎家に統治させていたんだが、これからは正式に日本政府が直々に統治する事となった。正式な通達は危険な能力者全ての抹殺。そして危機の回避だ」
「どうして教えてくれなかったんですか?」
「言っても理解できないだろうからな。まあ許せ」
「<今の>先輩が言うんでしたら、私は文句は言いません。では教えてくれますか? ターゲットと危機について」
由香里が尋ねると、湯浅はコートのポケットから2枚の写真を取り出して後ろ手に手渡した。
「オールバックの奴が桐崎。肥後守をマリオネットのように自在に操る。そしてもう1人が沖田匠。がらくたを自在に操る。ただのライターが火炎放射器になる」
「それは随分と……御伽噺ですね」
「だろう? 信じられなくて当たり前だ。俺も能力者だが、今言った2人に比べれば遥かに現実的だからな。未知のものは実際目の当たりにしなければ理解できないもんだ」
「そうですね。では私はこれ以上は聞かない事にして、先輩の後をついて行く事だけに従事します」
「賢明だ」
と湯浅はいつの間にか燃え尽きていた煙草を床に落とす。
「さて、意外にも夜が明けるのが遅い。明けるまでここに居させて貰うとしようか。無駄な戦いは避けなければな」
由香里はまた何の事だか分からない様子だったが、それでも分かりました、と答えて壁にもたれかかった。
さてどうしようか──桐崎はこの際後回しにするべきだろう。今すべき事は奇跡を止める事だ。
外を見る。今だ夜は明けるそぶりを見せずに影を落とし、止まない雨は未来を不透明にし続ける。
最初の標的は誰になるだろうか。できるなら魔女に出会いたいものだ。
足を組み傘を手で弄びながら、湯浅は唯一写真のない標的の姿を想像した。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送