17〜追跡無人・湯浅

ゆっくりと傘が後藤の背中、心臓の位置に向けられる。
一発。
二発、三発。
銃声の度にその大きな身体を小刻みに震わせられ、後藤は熱い痛みと共に力が抜けていくのを感じた。
「そこで寝てろ。その方が幾分幸せだ」
「湯……浅殿……!」
なんとか手を動かしたが掴めるまでには至らず、後藤は涙を流しながら哀願するように頭を床に擦り付けた。
湯浅はそんな後藤を見る事もなく、ドアノブに再び手をかけた。と。
「何してるんですかっ!」
階段を使って上がってきたらしいユリエが、息を切らせながら駆け寄ってきた。後藤の身体を横目で見つつ湯浅と対峙する。
「……君は?」
「何してるんですか!?」
湯浅の問いには答えずに、より強い口調で咎めるユリエ。
「……お見舞いだよ」
「今はまだ駄目です」
ユリエは湯浅とドアの間に割って入ると、自分よりずっと背の高い男の顔を恐れる事なく見据えた。
「時間がないのだが」
「私、馬鹿じゃないです」
「なら退いたらどうだ? 二度は言わない」
「退くべきはあなたです」
「逃げろ……ユリエ……」
絶え絶えの息で呟く後藤に、しかしユリエは首を横に振った。
「嫌です、退けません」
「退いた方がいいですよ、ユリエ──さん」
今まで押し黙っていた由香里が名前を確認しながらユリエを止める。心配をしているから、といった訳ではないようである。
「追跡無人<ワーカーホリック>・湯浅信。目的を完遂させるまでは誰であろうとも排除しますよ、今の先輩は」
「それでも退けません」
「しょうがないですね」
忠告は無駄だと悟った由香里が腰の後ろから銃を取り出した。
「あまり先輩に無力な女の子を殺させたくないんで、私がやります。いいですか、装填されているのは極小のゴム弾ですが威力はヘビー級ボクサーのパンチ並にあると思って下さい。これを今から3秒後に撃ちます。さあ、そこから離れて下さい──3」
腹部に狙いを定める由香里。しかしユリエは動こうとはせずに真っ直ぐと由香里を見つめ返す。怯えの色は欠片もない。
「2」
「帰って下さい」
両手を広げてドアを更に守る形でユリエは胸を反らした。
「1」
「ユリエ……!」
後藤は必死に自分の身体に力を込めた。どの部分でもいいから動いてくれたなら、ユリエを助けられるのだ。
だがそんな思いも空しく、動けない後藤を嘲笑うように涙だけが流れていく。
目をつぶるユリエ。
「0」
「きゃぅっ!」
容赦なく引き金は引かれ、少しくぐもった鈍い音と共にゴム弾がユリエの腹部を襲った。本当にパンチを食らったかのように腹を支点にくの字に身体を曲げ、ドアに勢いよく叩きつけられ、ユリエは尻餅をつくように崩れ落ちた。
「優しいな、九条」
「別にそういうつもりじゃないですよ。<仕事中の>先輩は好きですからやってるんです」
「……そうか」
「ええ。さ、行きましょう」
「待て……」
動けない身体で尚、後藤は湯浅達を引き止めた。しかしもう湯浅は後藤に見向きもしなかった。
「あなたも、いい加減静かにして下さい。今のあなたならこのゴム弾でも致死量といったところです」
由香里が銃をちらつかせて吐き捨てる。後藤に止める術はもはやなかった。

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