16〜強制アクセス

「むうぅ……」
トイレから戻ってくるなり後藤は呻いた。目の前に広がる光景が理解できなかったからだ。ある程度は予想していた。そしてその通りの結果ではある。しかしいかんせん数が多すぎる。
「どこ行ってたんですか」
口を尖らせながら非難の声を上げるユリエが、その理解不能の光景の中心に立っていた。
「しっかりと若様を」
そう言って両手でガッツポーズを作りながらユリエは続ける。
「守ってくれませんと」
怒っているんだか応援しているんだか分からなかったが、後藤はユリエが珍しく怒った形相をしている事に気後れして即座に謝った。
「じゃ、これ見ててください」
とだけ言い残して再びユリエは後藤の前から姿を消した。
「まだあるのか……?」
病室の壁際に並べられた総勢5つのカートを見ながら後藤はぼやいた。
鍋に入ったままのコーンスープ、パプリカが鮮やかなグリーンリーフのサラダ、ハムとスクランブルエッグの盛り合わせ、それにシャンパーニュのバスケット。それが1つのカートの内容で、和食、中華、イタリアン、ドイツ料理と続き、合計5つとなっていた。
自分の主人が目覚めた時、好きな料理を選べるようにとのユリエの計らいはいじらしいものが感じられるが、それにしても作りすぎではないのか、と後藤は首を傾げる。
「ってまさか」
嫌な予感がして後藤はユリエの消えた方──エレベーターの方向を見る。待合室でもない、仮眠室でもない、確かにユリエは階下へと消えた。下にはキッチン以外に用はない筈だった。
「まだ来るというのか……?」
大きく唾を飲み込みながら後藤はエレベーターの方を凝視した。まるで推理ドラマで犯人を暴くシーンのように、目が離せない。
そういえばいつも犯人は当てられなかったな、などと頭の片隅で考える。
電子的な短音が響く。エレベーターがこの階に着いたことを知らせる音である。
到着の知らせから数秒おいてドアが開く。そんな少しの間でさえもじれったい後藤。ゆっくりと──登場したのはカートを持ったユリエではなかった。
40代くらいの男と、20歳そこそこだろう女。
「よう」
古い刑事ドラマのような色褪せたトレンチコートを着込んだ男が、傘を振り上げ肩に当てがりながら挨拶をしてきた。
「湯浅殿! もうお着きになられたんですか!」
「まあな。今回の上の対応は予想以上に早かったからな。まあ当たり前なんだが」
壁際のカートに乗せられた大量の食事に目を向け、湯浅は立ち止まる。女──由香里も寄り添うように後ろに付き従っている。
「で、例の魔女は何処にいる?」
「……それが今だに分からないのです……動き回ってるみたいで」
「そうか。じゃあそっちの方は俺らが直々に探して片付けるとするよ」
「……まだ他にあるんですか?」
湯浅の言い回しに引っ掛かるものを感じて、後藤は腰を低くしながらも尋ねた。しかし湯浅はめんどくさげな顔を見せるだけで答えずに、傘で肩をとんとん、と叩きながら後藤の横を通り抜けた。
「湯浅殿?」
病室のドアの前に立つ湯浅の目つきが明らかに変わっていた。やけに事務的な目を見せる。無表情というのは厄介だ。ポーカーフェイスという言葉があるくらい、変化を見せない顔というのは何を考えているのか読み取れないのだから。
「若様はまだ危険な状態です、面会は勘弁して下さい」
「そうか、それは好都合だ」
ノブに手をかける湯浅。後藤はその台詞の意味するところは測り兼ねたが、面会謝絶の病室に立ち入ろうとしている湯浅を止めなければいけない事だけは理解できた。
ノブを捻る湯浅の手を上から押さえ込む形で握る。
「何をする?」
「それは私の言葉です、湯浅殿。若様は今人前に出れる状態じゃない。お気持ちはありがたいですが、今夜は帰って戴きたい」
毅然とした態度で湯浅を臨む後藤。しばらく睨み合いが続く。
と、湯浅がノブから手を離した。それから代わりに、といったように傘を後藤に向ける。
「御理解して頂き、ありがとうございます。それでは──」
後藤は自分の台詞が止められた原因について、一瞬で理解する事が出来なかった。唯一分かったのはおよそ病棟に相応しくない音が耳に届いた事。
「が……」
前のめりに倒れる後藤。
「残念だけど、先輩もう仕事モード入っちゃってるんです」
罷免するかのように、湯浅の後ろにいる女が発した言葉を以てして、やっと後藤は理解に漕ぎ着けた。
「全てを……潰す気ですか……? 湯浅殿……」
見上げると、傘の先端から硝煙が薄く立ち上っていた。仕込銃とは不覚だった。いや、この男に、政府に報告を入れた事がそもそもの間違いだったのだ──
「これは決定事項だ。紬町はもう貴様らに任せてはおけない。やり方が生温かったんだな。もうこの町は消えた方がいいんだ。分かったか後藤。分かったなら──その手を放せ」
まさに鬼の形相で湯浅の足首を掴む後藤を見下ろして、湯浅が吐き捨てる。
「絶対に離さん……!」
右手に渾身の力を込めて後藤は呻いた。握り潰せるのなら本望だった。

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