14〜一時の安堵

(だからこそ若様、早く目を覚まして下さい。自分達9人をまた導いて下さい──)
胸中で9人と呟いて、後藤はユリエの泣きじゃくる姿を思い起こした。ユリエが泣くのは後藤が知る限り、あれが初めてだった。
(ユリエ……お前も無事でいてくれ)
丁度部下7人が出払っていた事を後悔して、後藤は頭を抱える。桐崎も心配だが、魔女の元に残してきたユリエも心配だった。屋敷に戻っている筈の部下達から連絡がない事が、心配により拍車をかけた。
全滅、そんな言葉が出てくるのを後藤は必死に抑え込む。出来るなら様子を見に行きたいが、夜が明けてないこの時間は絶対基準に狙われる危険が高い。この緊急事態に道すがら無駄死にするのだけは御免だった。とはいえ──
「後藤さん?」
突然の呼び声。顔を上げると、メイド服の少女が傘を片手に心配そうに立っていた。
「ユリエ!? お前無事だったのか!」
立ち上がりユリエの肩を掴む後藤。顔は血まみれだったが、別に外傷はないようだ。
「良かった、若様も心配だがお前も心配だったんだぞ……!」
「間違われちゃいました」
「何をだ?」
「私が怪我人に」
その言葉に後藤は半眼で笑いながら、ソファに腰を下ろした。張り詰めていた気が抜けたのだ。
「拭いてこないか、まったく……。で、ここまでよく無事に来れたな。2度は命がけの場面があった筈なんだが」
「あ、それはですね」
お決まりの一拍をおくユリエ。
「マリエルさんは」
そこでばいばい、と手を振る仕草を付け加える。
「お帰りになりました」
「あの後か? 何もせずに? いや幸いと言うべきだが」
「はい」
「ターゲットは若様だけ、という事か」
納得して顎に手をやる後藤。
「じゃああいつら7人が帰ってくる前にマリエルは帰った、という事なんだな? あいつら今何してる?」
「お留守番です」
「あのな……」
「だって出歩くのは……」
「いや、そうだがここに来るのに1人は危険すぎるだろう。誰も一緒に行きます、とは言わなかったのか?」
「あ、断りました」
大の男7人もいるのにユリエの一言で引き下がるなよ、と後藤は思った。
「で、結果まあ無事だったわけだが、絶対基準隣人<ハーフグレイ>には会わなかったのか?」
絶対基準隣人と聞いて何故かユリエの表情が明るくなる。
「優しい方ですね」
「はあ!?」
「送ってくれました」
んー、と言いながら物真似をするユリエ。似てはいなかった。
「夜は危険だそうで」
危険にしている張本人がそいつだ、と後藤は思ったが、ユリエの事を気に入ったのかとにかく危害は加えられなかったらしい。それどころか親切にも送ってくれたようで、もはや何が何だか分からない。頭の痛くなる話だった。
「まあいい。無事なら何だっていい」
混乱しそうなので適当に話を切り上げる。ふと後藤はユリエが傘を持っているのに気づいた。
「降ってるのか?」
「え、あ──はい」
傘を指差すと、ユリエは軽く持ち上げ、丸めてボタンを留めた。
「降水確率は0%だった筈だが……」
「土砂降りですよ?」
そう言ってユリエはスカートの裾を摘んでみせた。確かに随分と濡れてしまっている。

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