13〜祈りは遥か昔に

祈るように両手を絡ませ、後藤は1分1秒を終わりの見えない地獄にいるかのような心持ちで耐え忍んでいた。初めはせわしなく軋む音を響かせていた安物の黒い合皮製のソファも、今はもうほとんど音を出すこともなかった。1分を過ぎてもまた新しい1分が始まり、詰まるところ果てしない時間、それもただ長いという意味ではなく、明確な終了時刻がないという意味での果てしなさは、地獄と称する他該当する言葉が見つからない。地獄というのは死んだ後に向かうべき場所の1つだったが、そんな事はない、現世においても確かに存在する。現にこうして時間の流れが遅いではないか。痛苦を刻まれ続けて、誰もが悲鳴を上げることすら出来なくなってもまだ飽き足りぬとでも言うかの如く、時間は引き延ばされ終わりを見せないではないか。
顔を上げる。目の前には窓のない個室。表札などここにはない。
特別病棟の最上階、この階はこの町の支配者たる桐崎専用の階だからだ。5部屋で1つの病室であり、それはさながら高級ホテルのスイートルームのようである。その他に見舞い者用の待合室や仮眠室があり、それだけが彼1人の為にあるのだ。
しかしそんな待合室や仮眠室などはっきり言ってまったく無駄なものである。桐崎を案じている者などこの町にはもうほとんどいないし、本当に案じている後藤には病室の入り口を見据えられるこのソファ以外必要ないからだ。
この階に時計はない。それが幸いかどうか後藤には分からなかった。時間を知れば焦るだろうし、知らずに待っていた方が幾分幸せとも思える。だが知らずにいるのもまた焦るのだった。自分の推測でも希望的観測でもいいから、時間を知りたい。自分の主人は目覚めるが、まだ目覚めなくて当たり前の時間だと勝手な解釈でもいいから思いたかった。
話かける相手も、医師も看護士もいない、自分1人だけの空間ではなおさらの事だった。ポケットの奥底にしまいこんだ腕時計を取り出して確認する。午前4時を少し回ったところだった。この病院に桐崎を運び込んだのが13時間程前。8時間にも及ぶ大手術が終わってから5時間。1度電話をかけた以外は、何も出来ずにただこのソファに座っていた事になる。
医師が去り際にかなり危険な状態だ、と言っていた事が頭をよぎる。
だがきっと大丈夫だ。自分の主人はそんな柔な身体ではない。5時間目を覚まさないくらいで何を不安に思う事がある。人間8時間は寝るものだ。
と考えたところで拭える不安ではなく、後藤は再び俯いて目を伏せた。半日以上も思考の堂々巡りを繰り返しているが、それ以外にする事も、すべき事もないのだから仕方がないのだった。手を組み合わせているが、祈る事などとうの昔に辞めていた。
重い現実の前では無宗教者である自分が祈るべき神など明確に思い描けなかったからである。後藤が崇拝するのは桐崎若、ただ1人だけだった。先代の桐崎宗治に仕えてから今まで、後藤は桐崎家をそれこそ神のように崇めていたのだ。絶対的な強さとカリスマ性でこの町を支配してきた宗治が亡くなり、その子である桐崎若が新たな支配者となって以来、桐崎の名から離れていく者は後を絶たなかったが、所詮親の七光り、支配者の裁量はないと言われ続けても、桐崎若は支配者であり続けようと──この町を守ろうとしているのだ。
後藤としても桐崎若は、先代に比べ若干まだ力及ばないと思っていたりするのだが、それでも桐崎の名は絶対で永遠なのだった。今迫りつつある脅威を退けたなら、きっと町の者達も桐崎という名の重みを再度理解する筈である。

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