8〜人形との再会

人形。
目の前に佇んでいるのは──そうだ、人形だ。
この質感は松明が作り出す陰影のせいで、まともな光ある空間で眺めたならきっとのっぺりとした、塩化ビニールなんだ。その証拠に、ほら、髪型が最後に見たときのままだ。胸まで伸びたストレート・ロング。1年も経って髪型が変わらないなんてあるわけないじゃない。
そう、これは人形だ。
こんなに似せられるのもこの町の人間なら可能だろう。むしろ不可能だと思う方がおかしい。確率百で十全だった筈のモラルなど、この町では一もなく零、不完全以下で無限小もなく、無意味で無稽なのだ。逆転の発想などというセオリーにないロジックがここではセオリーだといわんばかりにまかり通る。
紬町は、例えばS極とS極が引き付けあう、そんな町なのだ。
まず疑うは自分に刷り込まれた絶対的なモラルへの信仰心なのだ。
だから、これはきっと人形だ。
自分を目の前にして何の反応も示さない、呼び掛けたところで答えが返ってくる訳でもない、手を握っても握り返す事もない。抱きしめても──腕を垂らしたままうな垂れかかって来るだけ。
絶対、人形だ。
こんなにも。
こんなにも、抱きとめた腕の中には懐かしく優しい髪の匂いがしている。
そして何より身体中に広がる、どんな感触よりも、温かさよりも貴いこの温もりが確かに存在するけれども。
それでもこれは人形なんだ。
人形。
人形、人形。
人形、人形、人形。
人形なんだと。
人形なんだと、誰か私の頭に植えつけて下さい。
それが叶わないなら、私の頭をおかしくして下さい。
薄闇の中、私はこの人形とずっと眠り続けていきますから。
ずっとずっと。
「……ぅう……っ」
分かっている。誰が見間違うものか。
例えこの町がそっくりの人形を作り出せたとしても、誰が見間違うものか。
「うああああぁぁ……!」
抱きしめられるままの力ない人形──雪をその腕の中に包んで、凪は1人泣き続ける。
欠落巫女としての雪、桐崎の婚約者としての雪、こんな袴を履いていたり、たった1年の間にまったく違う存在になってしまったようだけれど、それでも探し続けた姉なのだ。どうしてこんな結末を用意する?
凪は呪った。神、悪魔、魔女、婚約者、がらくた、自分、そのどれをも明確に思い浮かべたわけではないけれど、その全てを、そして結末を、凪は呪った。

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