7〜いつかの笑顔

「遠慮なくどうぞ」
「ありがと。でも私はあんたの事が気に入ったのよ。勿論、サンドイッチも気に入ったんだけど。でさ、私が言うのもアレなんだけどこんな事してていいの? ついさっきあんたの御主人様を血の海に沈めたのよ? 何で怒らないのよ?」
一気にまくし立てて、それから紅茶を一口啜る。先程の紅茶と違う香りが鼻をくすぐる。今度はハーブティーだった。
「お客様ですから」
「それが理由?」
「はい」
「ふうん……そういう事か」
つまりは何処まで行ってもメイドだという事だった。主人の身を案じ、客をもてなし、従事に徹する、とそういう事だった。桐崎が倒れた時は最優先に桐崎の身を案じたが、もう一人の筋肉質の男に任せた時点で役目はまた客のもてなしへと戻ったのだ。そして凪とかいう<客の>女を守る為に今度は身体を張って、そしてそれが終わった今は敵だった自分を客として認識し、もてなしている。
訓練された猟犬だとか、コンピューターのプログラムのように融通が利かない。それは頑固とは意をまったく別にする、性質とも表現すべきものである。ただ、不便な身体だなんて本人が思う事は一生ないだろう事が救いと言えば救いか。
(さっきまで殺そうとしてたんだけどね)
「美味しかったっ! ごちそうさま!!」
手を合わせて礼を言うと、ユリエもお粗末さまでした、と返す。これで2人とも血まみれじゃなかったならピクニックにでも見えたんだろうな、と思う。
そういえば──目の前の誰かと互いに笑顔でいられるなんて、生まれてからこれまであっただろうか。
…………あった。でも……それが誰だか思い出せない。あの人しかいない筈、なのにそれを否定するかのようにあの人の笑顔が……出てこない。
だとすると、別の誰かなのだろうか?
「マリエルさん?」
「え? あ、ごめん」
「大丈夫ですか?」
「うん、全っ然平気。食べ過ぎてぼーっとしちゃったのかな」
「それは嬉しいですね」
とっさに嘘をついた事にマリエルは自分自身驚いた。自分の考えている事を他人に悟られるのが恥ずかしくて嘘を吐くなんて。いつもの自分なら殺していた筈だ。やっぱりこの女はペースを乱してくれる。腹が立つくらいに。
「明日」
靴を履いて立ち上がるマリエル。
「はい?」
「明日、星の子の奇跡が始まるわ。それまでにこの町から脱出しなさい。出来るだけ遠くへ。世界中の何処にいても逃げられはしないけど、遠ければそれだけ奇跡に侵食されるのが遅くなるから」
「もう行っちゃうんですか?」
「せっかく助言してあげてるのに……あんたはとことんメイドなのね」
「はいっ!」
「とにかくそういう事。分かった?」
「はい、分かりました」
「なんかあんまし逃げる気なさそうだけど……まいっか。そいじゃ」
とマリエルは手を気だるそうに振り別れを告げた。
「あ、お送りします」
「いいって。めんどくさい」
これ以上一緒にいたら頭がおかしくなりそうだった。気が狂うのは2日後でいい。
帰り際百合園の途中で立ち止まり、マリエルは適当な1本を無造作に引き抜いた。
(最後の時までせめて忘れないでおいてやるわ)
しっかりと握り締め、また歩き出す。
門の所でもう一度立ち止まったが、それも一瞬の事だった。
再び歩き始めた魔女が止まる事はもう、ない。

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