6〜昼食会の続き

時を同じくして、マリエルは瞬間的に迷っていた。目の前のメイド──ユリエといったか──が微笑んでいたからだ。笑って死にたい、笑っていれば勝ちだ、といったような低俗な欲望ではなく、また死を受け入れた故の恐怖からの解放において安らいだ顔をしているのでもない。つまりは、死ぬという考えが頭の中にないのである。
マリエルは何人も死ぬ瞬間の人間を見てきたわけではなかったが、これだけは確信を持って言い切れた。
さりとて感情が欠落しているわけでもない。自分の主人が倒された時には泣き叫んでいたし、客を守る為に自ら矢面に立ったこの瞬間には笑って送り出したのだから。
「……ああっ!」
右手に生み出した光の鞭がユリエに振り下ろされる寸前で、マリエルは鞭を消した。風切り音だけが、鞭が存在した事を証明するかのように耳に残る。
「何なの? あんた」
ユリエに指を突きつけて問うが、心の中で自問していた事を四文字という短い疑問文で伝えられるわけもなく、ユリエはその微笑のまま首を傾けるだけだった。
「何で笑ってるのよ? 死ぬトコだったのよ?」
今度は正確に伝えたのだが、ユリエはその問いには答えず、持っていた小瓶の中身を軽く口に含んだ。
「……うえっ、美味しくない……」
何を、やっているのよ、この女は。それは劇薬じゃ──
「ほんとにごめんなさい!」
当惑するマリエルに、ユリエは深々と頭を下げ謝罪の言葉を口にした。しかしそれは当惑を更に混乱に変えるだけでしかなかった。
「え? 何? ……ああもう!」
「これ、小麦粉なんです」
口元を袖で拭いつつ、ユリエ。
「ダメですね、こんなもの」
かけようとしたなんて、と一呼吸おいてから続ける。
小瓶の中身が小麦粉だったなんてハッタリ、言うメリットはどこにもない。それは切り札だった筈であり、隙を作るつもりはまったくなかったが、だがその為の物であっただろうに。
髪の毛を掻き毟りたくなる衝動を抑えマリエルが渋面を見せると、今度は何処に隠し持っていたのかユリエはビニールシートを広げ始めた。
「何してんのよ!?」
「さっきの、続きです」
それだけ言うと屋敷の方へと小走りにユリエは駆けていき、程なくして戻ってきた時にはトレイに新しい紅茶のポットとティーカップ、それにハムと野菜がたっぷり詰まったサンドイッチを乗せていた。それらをビニールシートの真ん中に置き、しゃがんで靴の留め金を外して脱いで、丁寧に揃えて並べて──正座でマリエルを迎えた。
「だから何なのっ!?」
「お昼、まだですよね?」
「そうだけどそうじゃないっ!」
「さ、どうぞ」
頭を掻き毟りたい衝動は今回は抑える事が出来なかった。たっぷりと30秒程、混乱が収まるまで続けてそれから、マリエルは根負けしたようにうなだれた。
「自信作なんですよ?」
差し出されたサンドイッチを力なく受け取りながらマリエルも座る。確かに昼食はまだだったが──
「あ、美味しい」
これはこれは。
サンドイッチなどパンに具をはさんだだけのお手軽料理で、誰が作っても味なんて変わらないと思っていたが、これ程までに美味しくサンドイッチとは作れるものなんだ、とマリエルは感動した。あっという間に手にしたサンドイッチが口の中へと消えてしまった程である。
「もいっこちょうだい」
「はい。ね、美味しいでしょう?」
「やるわねーあんた。気に入ったわ」

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