4〜支配者vs魔女:2  <常緑樹の涙>

桐崎にしてみればどちらでもよかったのだが。
「もう一度だけ、しょうがない聞いてあげよう。雪は何処にいる?」
「天国」
「もういい」
桐崎が指をつい、と上げる──つまりは心臓へと肥後守を振り下ろすわけだが──その動作の瞬間、マリエルが叫んだ。
「惹かれあう恋人達(マグネット・ラヴァーズ)!!」
その言葉に反応して桐崎の身体がマリエルへと万有引力を無視して引き寄せられた。そのせいで微妙な操作が必要な肥後守の繰りは破綻し、マリエルは瞬時に緩んだ見えない何かから右腕を引き抜く。
「さあ、いらっしゃい」
今までのマリエルからは想像もつかない程の優しい微笑み。まるで恋人だけが見る事を許された表情のようである。引き寄せた桐崎の身体を、自由になった両手で優しく抱きとめる。
「マリエル……!」
「逆転の一手というものは必ず残しておくものよ。これは……まだ私の本気じゃないんだけどね」
そう言って舌を出すと、マリエルは抱きしめる腕に一層の力を込めた。
「若様!」
「若様──」
「桐崎さん!?」
後藤が拳銃を向けるが、桐崎の身体が逆に邪魔になってどうする事も出来なかった。ユリエと凪に関してはやはりどうなるものでもない。
「さあ、眠りなさい」
名残を惜しむように桐崎の胸に顔を埋め、しかしマリエルは凛として言い放った。
「常緑樹の涙(エヴァーグリーンズ・エンド)!」
抱きしめられた桐崎の身体は、数回痙攣を起こしたかと思うと次の瞬間両目、両耳、鼻、口、胸、両腕、両足、全身ありとあらゆる箇所が乾いた音を上げて破裂した。
飛び散った、などという表現では表しきれない程の量の血が、周囲を一瞬にして紅く染め上げる。それこそ流れた、と表現した方が早いくらいの量である。だが無数に破裂した箇所は個々で見れば確かに小さく吹き出たのである。しかもその吹き出た血は、あろうことか沸騰していた。飛び散って尚気泡が沸き立つ血液など、決してこの世の光景ではなかった筈だ。
ゆっくりと、マリエルが抱きしめていた腕を放す。
桐崎は声もなく両膝をつき、そのまま前に倒れた。
「若様ーっっ!!」
後藤とユリエが桐崎の元へ駆け寄る。マリエルは桐崎の返り血で全身を更に紅く染め直して、くすり、と微笑みながら一歩後退した。
「若様、若様」
物をねだる子供じみた仕草でユリエが桐崎の腕を揺さぶる。
だが桐崎が反応する事は勿論なかった。
それでも状況を把握していないのか、自分の主が倒れる事など信じられないのか、一心不乱に声を掛け続けるユリエがとても痛々しくて、凪は一瞬瞳を背けた。
ユリエは粘着質の今も尚熱い液体が自分の身体を汚す事などお構いなしに、赤黒くなったタキシードのボタンを外しシャツをめくり上げ、そして──ようやく状況を理解したように叫んだ。身体中を巡る血管が、毛細血管を中心に破裂しているようだった。手首や首周りなどの急所は破裂していないようだったが、それでも致命傷には変わりない。
無言で横たわる桐崎の身体に覆いかぶさりながら、ユリエは若様、若様と何度も絶叫した。
「さあ、約束だったわね。教えてあげる。欠落巫女は……実は元の時計塔の地下に帰しといたのよねー。気づかないとはねーあっはっはっ!!」

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