2〜がらくたの謀反

以前と同じ真っ赤な服装を翻して、マリエルは鼻を鳴らした。今回はやけに制服じみている。
「まさかがらくたとか支配者じゃなくて、こんな女に見つけられちゃうなんてね」
よく分かっていないのか有難うございます、とお辞儀するユリエ。そのまま無邪気にも、無謀にもマリエルの手を引っ張ってテーブルに連れて行くと、紅茶とお菓子を出す。
それは5人──あの桐崎ですら驚きを隠せないものだった。敵をもてなしている事が驚きなのではない。ユリエにかかればそれは当たり前の事だろうと想像がつく。そんな事は些事に過ぎない。
驚きに値するのはマリエルがユリエのペースに飲まれた、という事である。
あまりに敵意も警戒心もなく、目の前で微笑みを浮かべてクッキーを差し出すユリエを見つめ返しながら、思わず受け取ってしまった後でマリエルは我に返った。
「違うっっ!! こんな事をしにきたんじゃないのよ、私はっ!!」
と言いつつもしっかりと右手に紅茶、左手にクッキーを持って放さないマリエル。
「よお、元気そうで何よりだ」
匠が右隣のマリエルに軽く手を上げて挨拶をする。
「まあね。あんな炎で死ぬわけないじゃない」
「わ、若様!? 今こそチャンスです! ここでこの魔女の息の根を止め──」
「五月蝿い!」
「うるせえ!」
マリエルと匠が同時に振り向いて後藤に怒鳴る。
「わ、若様」
頼れるのは我が主人だけ、とすがるように近づく後藤に、しかし桐崎も黙っていろ、とにべもない。
「初めまして、マリエル君。私は桐崎若。私の事はご存知かな?」
「ええ。よおく知ってるわよ。それこそあんたが生まれる前から、ね」
「そうか、それは光栄だ」
「マリー、あいつ受け流すから気ぃつけろ」
「って馴れ馴れしいわね、がらくた」
「気にすんな。じゃ、俺は帰るとすっかな。ユリエちゃんごちそうさまー」
ユリエに愛想を振り撒いて匠が席を立った。
「ちょっと、匠?」
「なんだよ」
「何処行くのよ!? お姉ちゃんを助けるんでしょ、ここにさらった張本人がいるじゃない!」
凪の非難の声に、匠はパス、と手を振った。
「生きてるのは確かなんだろ? じゃ助けてこいよ。俺は別の用が出来た」
「ちょ……」
匠はそれこそ音よりも速く動けるんじゃないかと思わせる速さで、凪の目の前から走り去った。凪の声は空しく風に流されて霧散する。
「手伝ってくれるって……言ったじゃない、馬鹿ぁー!!」
芝の上に崩れ落ちる凪。
今の叫びで力を使い切ってしまったかのように、身体のどの部分も揃って重力に身を委ねた。
「あんた一番近くにいて何も分かってないのね」
マリエルが紅茶を啜りつつ、つまらなそうに呟いた。
「私はまあ、全能だからね。勿論そんな事すぐに見抜ける訳だけど、がらくたにしていい期待は欠片もないのよ」
「……どういう事よ」
「がらくたは所詮がらくたって事よ。あ、おかわり」
地に伏す凪には目もくれず、マリエルはクッキーを頬張る。
「さてマリエル君」
横から掛けられた声に近くで手を叩かれた猫のようにビク、と反応するマリエル。
「わ、忘れてたわ。……何よ?」
「そろそろ私の婚約者を帰してくれないかな。……何処にいる?」
内ポケットに片手を入れながら桐崎。
肥後守に手を伸ばしているところを見る限り、口調は優しいが実際の所これは尋問なのだろう。
「ん、ああ、あの欠落巫女の事か。いいわよもう。あんた達の撹乱くらいには使えたし」
「お姉ちゃん……そうよ、お姉ちゃんは何処よ!?」
掴みかかる凪を心底邪魔そうに、マリエルが左手に紅い光を生み出して──消した。
「そんなあからさまな殺気向けないでくれる? その殺気の色、嫌いなの」
と凪を手で突き返して桐崎に向き直る。
「凪君に手を上げることはこの私が許さない。凪君も色々あるだろうがここは黙っていてくれないか?」
確かに今マリエルに対抗しうる力を持っているのは桐崎しかいない。マリエルが本気になった場合、自分は何の役にも立たないだろう。それどころか足手纏いにしかなり得ない。
もう引きたくはなかったが、ここで無駄に危険に身を晒すのは、果たして利口だろうか?
「……はい」
凪は桐崎にマリエルとの交渉を委ねる事にした。離れてユリエの隣に立つ。
「さて……ティータイムはお開きだ。雪の居場所を教えて貰おうか」
「私が勝ったら教えてあげる」
「何?」
「死ぬ間際に優しく囁いてあげる、って言ってんのよっ!」
言い終わるや否や、右手に紅い光を生み出しマリエルがテーブルを蹴って跳躍する。
「狂い咲く紅い薔薇(スプレッド・ローゼス)!!」
下に向かって四散させずに爆発させる。
危険を感知したのか、その前にユリエが凪の手を取って離れていなかったら凪は今頃テーブルと一緒に跡形もなく焼失していたことだろう。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送