1〜魔女はここにいる

真っ赤なスクーター。かろうじて凪に確認できたのはそれだけだった。ただ、そのスピードと走り方はドラッグレースを髣髴とさせるものだったが。
そのスクーターは5人の目の前を一瞬で通過して、そのまま屋敷の壁に激突した。木造だったなら全焼は免れないだろうという程の爆発。幸いにも外見は古いが鉄筋だったらしく、激突された壁が崩れるだけで爆発の被害も大した事はなさそうだ。
「桐崎、ここってチキンラン奨励コースだったのか?」
「いや……理想的な直線コースだという事は認めるが」
「無謀な若者も増えたもんだ」
あくまで真顔で匠と桐崎。
「あれさ、マリエルに見えたんだけど」
凪の呟きに、
「確かに」
と頷く後藤。
「じゃーこうしよう、生きてたらマリエル。死んでたら一般人」
「説得力あるけど……なんだかなー」
さすがに近づいて確かめる気にはなれなかったので、テーブルから腰を浮かすだけで凪は待つ事にした。マリエルだったら近づくのは危険だし、一般人だったら──近づいて助けてあげなければならないのだが、あの激突で一般人が生きているとは思えないし、何より死体は見たくなかった。だが。
「ね、一般人だったら助けてあげないと可哀相だし、犯罪だし」
凪が匠の袖を引っ張る。ここはやはり男が先頭に立って然るべき、と言わんばかりに。
「あのなーそんなに言うんだったら自分で行けよ。それに犯罪者はあっちだ」
「その……事故現場責任放棄、みたいなのになっちゃわない?」
「凪君、それはないんだよ。ここは私の治外法権下だからね。沖田が正しい」
そんな桐崎はユリエに紅茶のおかわりを告げていた。
熱い紅茶が注がれる音が、凪には何だかとても不自然に思えた。
と、桐崎が席を立つ。
「まあ責任者として放っておく訳にもいかないがね」
と紅茶を一口、桐崎がスーツの内ポケットから肥後守を取り出した。
「尖の鷹」
「え……?」
という凪の疑問の声と桐崎がカップを静かに置く音がほぼ同時に、そして凪が目線を瓦礫と化した事故現場に向けた時には、新たな轟音と共に瓦礫が更に粉々に粉砕されていた。
「生易しいな」
匠が腕を組んで言い漏らす。
「死なれては困るからな」
桐崎が指を複雑──指揮者の手の動きを連想させる──に動かすと、肥後守がその手の中に戻ってきた。
直線にナイフを投擲したのだろうか。速すぎて凪にはまったく分からなかったが。
「助けるんじゃなかったの?」
「無傷の奴を助ける必要もないだろ」
手近な匠に聞くと、無関心にも答えを教えてくれた。
どうやらマリエルらしい。襲ってきたのか。凪は匠と桐崎の間に入って辺りを見回した。しかし、目に見える範囲には5人以外誰もいない。
後藤も辺りを見回している。桐崎のボディーガードとしての責務はきっちりと守っているようだ。
ユリエはというと、不思議そうな顔で1本のクヌギを見上げていた。
「ユリエちゃん、危ないからこっち来なって!」
そんな凪の呼びかけに振り向いて笑顔を見せると、ユリエは再びクヌギの木を見上げた。
「紅茶、冷めちゃいますよ?」
木の上に向かってユリエは首を傾げる仕草を見せた。
「……」
無言で、マリエルが降り立つ。いつの間にこの木の上まで逃げたのだろうか。やはり計り知れない。

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