21〜心理戦・凪:4   <最悪の言葉>

どんな結果かと他人の恋の話を聞くような面持ちで待っていると、先が最後のダウンロードを開始した。待つ事数秒。
「沖田匠が……春日雪を助けたい理由……それは……彼が彼自身の行動理念にのっとっているだけの事……」
「え……?」
その答えにとてつもなく嫌な感覚を覚え、凪はいやらしい笑顔のまま止まる。
ただの恋の話で終わるつもりだった質問は、予想を裏切る形で凪を責めた。先はさらに追い討ちをかけるように続ける。
「しかし……君の出現で興味が薄れつつある……」
普通に聞けば匠が凪を好いていると判断できる内容なのだが、行動理念という言葉が凪の回りを取り巻いて離れない。
少なくとも、単に雪が好きで動いているわけではないようである。
「──どうだった? 凪ん」
どうやら元の状態に戻ったらしい先が上目遣いで凪を見やった。
その健気な眼差しに、張り付いた表情を解いて迎える。
「ん? あ、ありがとっ!! とっても助かったよ! これでお姉ちゃんを助けられる。先君に感謝っ!」
「そっかーそれは良かったー……」
明らかに疲労が溜まっている。時間をかけ過ぎたようだ。
「じゃああまり長引かせると悪いから、匠と交代するね。さっさと終わらせるよう言っとくから、もう少しだけ頑張ってね!」
席を立ち小さく手を振ると、先も力なく手を振って、またねーと言った。ドアの前でもう一度振り返り手を振った時には、先は窓の外を虚ろに眺めていた。
応接室へ戻ると匠は壁に掛けられた絵画に見入っていた。気づいてはいるのだろうが、凪の方を振り向こうとはしない。
「終わったよ」
近づいて横顔を覗き込む。──気づいていないのだろうか。匠の真摯な眼差しは絵画を捉えて放さない。
と、匠の口元が歪んだ。含み笑いが漏れる。
「ど……どうしたの?」
「いやー桐崎様ともあろうお方が贋作なんぞを保有してらっしゃるから」
言われて凪も絵画を見やった。美術とは無縁の凪はこの絵が有名なのかどうかも分からない。作者なんて言わずもがな、である。唯一分かるのはこの絵が抽象画だという事だけだった。
「分かるの?」
その問いを匠は鼻で笑い飛ばした。
「俺が惹かれてる」
それだけ言うと匠はじんべえを翻して先の待つ部屋へと向かった。
「あ、先君疲れてるから短めにしてあげてね」
「先君?」
「呼び名がないと可哀相じゃん」
「あいつは嘘憑きで充分だ」
「だから敬語使わされるんだよ」
「ん? 何だ?」
「何でも」
「まあいっか。すぐに終わる」
匠を見送り、1人部屋に残された凪は無理矢理作っていた笑顔を解いた。本当は貧血のような眩暈に囚われていたのだが。ふらつく足で何とかソファに辿り着くと、そのまま倒れこむ。
「俺が惹かれてる……か。最悪の言葉……」
少しの間だけでも忘れよう、凪が頭の片隅でそう思った時には、部屋には寝息が響いていた。

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