17〜メビウスリング

「ありがとう……!」
深々と頭を垂れ、スカートの裾を握り締める。
──本当に全てを知っているのなら、どうしても教えて欲しい事が、あります。
口には出さなかったが、そんな想いを込めて凪は先生を見つめた。
「凪ん、そんな顔しないでよー。後でちゃんと教えたげるからー」
「うん、は、はい!」
いったいどんな顔を自分はしていたのだろう、と凪は顔を赤らめた。そんなに切羽詰っていた自分の顔は酷かったのだろうか。
「さ、出るぞ」
匠に背中を押されながら、桐崎と先生二人きりにするべく、凪は部屋を出た。後藤とユリエは別の扉から出ていった。
隣の応接室で待つ事にした二人は、牛皮のソファに向かい合わせで座った。
足を組んで背もたれいっぱいに両手を広げる横柄な匠とは対照的に、凪は足をぴったりと閉じ、縮こまって身体を震わせている。目線もこの部屋の何処をも捉えていない。
「今更怖くなったか?」
見下すように──いや見下しているのだろう、そのままの姿勢で匠が呟いた。
「だって……先生が<お姉ちゃんはもう死んでいる>って言ったら、それは本当のことなんでしょ? そんなの……聞けないよ……」
「じゃあ聞かなきゃいいだろ馬鹿。幾らあの<嘘憑き>が真実を知っていたって、自分の目で確かめなきゃ気がすまないんだろ馬鹿。質問するチャンスは3回だ、それこそ無駄な質問は避けろ馬鹿」
「馬鹿馬鹿言わなくたっていいじゃない、馬鹿っ!!」
顔を上げ涙目で睨みつける凪。
「うっさい馬鹿。そんな事じゃあいつにいいように騙されるぞ。冷静に行け。なんたってあいつは<嘘憑き>だからな」
「嘘つき?」
「ああ。嘘に取り憑かれるって書いて<嘘憑き>な。いいか、よく聞け。あいつは未来と自分の名前以外のこの世の全ての事象について、真実を知っている。前にも言ったな。あいつにとっては他人の秘密は秘密でなく、ただの意味のない単語でしかない。俺達が今朝食った飯が何だったのかすら知っている」
ようやく先生がどういった人物なのかが理解できた、と凪は頷き匠を見据える。
「その反動かどうかは知らないが、時々あいつは自分の意志に関係なく嘘をついてしまう。そして俺達がこれからする質問は、1人3回出来るようになっている。ただそのうちどれか1つは嘘の答えが返ってくる。これは誰が決めたとかじゃなく、本能や真理といった絶対的なルールの1つだ。抗う事は出来ない。
俺達も、嘘憑き当人も。それを頭に入れておけ。どんな質問も、2つは真実、1つは嘘になる」
「見破る方法とかって……ないの?」
「ない。嘘憑きは表情を崩さない。あいつ自身が嘘をついているとは思っていないんだからな。知ってて嘘ついてるのに、その自覚が本人にないってのも変な話なんだけどな。──これは心理戦だ。一方的にこっちが勘ぐるだけの、な」
そう言って隣室のドアに目をやり、匠は短く鼻を鳴らした。それから両手を頭の後ろで組み、目を閉じる。
匠との会話が終わってしまった凪は、急に突き放されたような気分になり、言い知れぬ不安が洪水のように押し寄せてくるのに必死に耐えなければいけなくなった。
知りたい事は大体決めてある。しかしその中のどれかが嘘であるのだ。真実と嘘が区別出来ないのなら、真実を知った事にはならないではないか。
それでは不安を増すだけではないのか?
凪は何か見破る方法はないかと桐崎と先生──<嘘憑き>の質疑を聞き取ろうと聞き耳を立ててみるが、完全防音になっているらしく、何も聞こえない。
やがて、ドアが2度ノックされた。質疑に与えられる時間は10分程のようだ。
「おし、終わったか」
今まで黙り込んでいた匠が目を開き顔を凪に向けた。そして首でドアを示す。
「じゃあお前行ってこい」
「匠ー……」
泣き腫らした赤目で哀願するように凪は匠の手を取ろうとした。しかし匠は邪魔だと言わんばかりに乱暴にその手を払いのけた。
「どうせ待ったって攻略法なんて思いつかねえよ。お前はそうやって先に延ばしたいだけなんだ。いいから自分で真実を探って来い」
突き放す匠の言葉に何も言い返せずに凪は拳を握り締めた。結局何も考え付かなかった。
確かに匠の言うとおり、後に回したところで考え付くとは凪自身思えなかった。
意味のない、メビウスリング。
「ごめん……」
そう呟き、凪はドアへ向かう。その背中に声が掛かる。
「大事な質問は1つにしとけ──そうすれば、傷も浅くて済む」
凪は軽く振り返り、そして無言で応接室を後にした。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送