16〜婚約者として

「匠ん……頑張ってねー、人生いい事もあるからー」
さらりとそんな台詞を言ってしまうなんて食えない少年だ、と凪は思った。そして匠をやりこめるなんて、と感動すら覚えた凪は、立ち上がり握手を求める。
先生は訳が分からない様子だったが、それでも快く応じてくれた。
「さあそろそろ始めましょうか、先生」
咳払いを1つして桐崎が話を進める。
「私と沖田で先生の助言を戴く。沖田、もう質問は決めてあるな?」
おう、と匠。
「私が母胎門関連、貴様がマリエル関連でいいな。ではまず私から行こう。他の者は全員退室してくれ」
「ちょっと待って!」
と凪が手を挙げて立ち上がる。
「その先生は全てを知っているんでしょ? なら私も参加させて下さい!」
「駄目だ、これは私用で参加する者は認められない。あくまで非常事態時のみ、先生が助言を与えて下さるのだ。本来は1人与えて貰うので精一杯なのだよ。そこを今回は特別に2人にして貰った。これ以上先生に負担を懸ける訳にはいかない」
桐崎が今までになく強い口調で凪を叱咤する。しかし、凪も引き下がるつもりはなかった。
「何よ、どうして駄目なのよ? いいじゃない1人増えたって! 知ってるんなら教えてくれたって構わないでしょ。ただお姉ちゃんがどうしてるのかを知りたいだけよ!」
「私用は駄目だ、と言ったろう。私達が助言を受ければ自ずと君のお姉さんの居場所も分かる筈だ。だから待っていなさい」
「<君のお姉さん>!? 何よその言い方は! あなたの婚約者でしょ!? どうしてそんな遠い存在のように言うのよ!
第一母胎門だとかマリエルについてとか聞けばお姉ちゃんの居場所が分かるってんなら、逆にお姉ちゃんの居場所を聞いたってそれらは分かるワケでしょ!? それなら別に私用の質問にはならないじゃない!」
息継ぎなしで一気にまくし立ててしまった為、動悸が激しくなる。凪は全身で息をしながら、湧き出てくる悔し涙と咳に必死に抗いながら、次の言葉を搾り出す。
「結局、お姉ちゃんの事なん、て、どうでもいい、んでしょ……。あなたがお姉ちゃんの婚約者だなんて、絶対認めない。この町の終わりの事なんて知ったこっちゃないわよ。いい、私は私で動くから。あなた達はあなた達でもう勝手にやって!」
丁寧に椅子をしまい、飲み終えたティーカップを綺麗にテーブルの隅に片付けて凪は全員に背を向けた。
自分の姉と婚約している筈なのに、姉が危ないというのに姉の事をまったく考えてくれてない。
そんな男と一緒の空気を吸ってるだけで凪は嫌だった。
頭の片隅では桐崎も苦しい決断を強いられた結果なのだろうと理解していたが、ほんの少しでも姉の事を心配してくれなかった事がどうしても許せなかった。
「紅茶、ご馳走様でした。それではさようなら」
「おい、凪!」
匠の言葉にも凪は耳を貸さない。と、
「まあ待ってよ、凪ん」
先生が凪を呼び止めた。思わず足を止める凪。
「僕は何も駄目だーなんて言ってないんよ?」
その言葉に凪が振り返ると、先生は優しい表情でウインクしてみせた。
「せ、先生!?」
さすがに予想していなかったのか、桐崎が目を丸くして先生に詰め寄る。
「若ん、僕の為に言ってくれた事は嬉しいけどー女の子を泣かせちゃ駄目でーすよー。ね、凪ん? 凪んにもしっかり参加して貰うよー」

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